弊社の副社長に口説かれています
「この度ご結婚相手にと選んでいただけたこと、大変喜ばしく思っておりましたのよ!」

言いながら不必要に腰を振りながら歩いてくる、女性らしさを強調したいのだろうが明らかに逆効果だと陽葵は思った、無関係でも逃げ腰になる。

「お見合い相手に、とのことですね」

尚登は顔を引きつらせながら訂正した。

「突然のキャンセルで気を悪くされたなら謝ります、ずっと好きだった女性がやっと私と交際することを受け入れてくれまして、なのに他の女性と見合いだなんてよくないでしょう」

ずっと好きだった人がいたのか、などと陽葵はのんびり思った。

「まあ……わたくしというものがありながら、他の女性と……!」
「別の方と勘違いをされていませんか? 私としては丸山さまにそのように言われる筋合いはありません」

もう少しオブラートにと陽葵は焦る、現に丸山は顔を紅潮させてふるふると震えだした。

「尚登さんから是非にとお申し入れがあったと聞いております!」
「さっぱり記憶にございませんが」
「ご指名に喜んで準備を重ねてまいりましたのよ!」
「それ、本当に俺ですか?」
「ええ! 落合課長から、そう伺っておりますわ!」

あんのくそババア、という呪詛はそれなりに大きな声だった。

「どのようにお話が伝わったのか知りませんが、俺が結婚相手に選んだのは」

尚登の怒った口調に陽葵がはっとした時には尚登に腕を掴まれていた、軽い力だったのに落ちるように尚登の腕に閉じ込められてしまう。

「この人です」

尚登は陽葵を背後から抱き締め、その肩に顔を乗せるようにして宣言した。熱い言葉が耳のすぐそばでして陽葵の顔は瞬時に朱に染まる。こんな卑怯だ──ときめきに心臓が激しく動き出した時、目の前の丸山と目が合いはたと気づいた、今誰よりも最前線にいるのは自分ではないか──丸山の顔が怒りで歪むのが間近に見えた。

「まあ……失礼ですが、まだ子供のようですけど」
「ああ、あなたに比べたらずいぶん若いですよね」

喧嘩腰の尚登の返事に陽葵はハラハラしどおしだ、現に丸山は顔を真っ赤にして怒りを示す。

「そちらの趣味がおありでしたのね!」
「まあ俺もそれなりに年は重ねたので、同じ年よりは年下のほうが好みというより、選びますね」

尚登が29歳ならば同窓生だったという丸山も同じ歳だ、それくらいの年齢の女性ならば結婚に焦りを覚えていてもおかしくない、そんな丸山を傷つけるような物言いはよくない──口を挟みたくても言葉が見つからなかった、なんとか小さく手を振り自分は違うと伝えるが、怒りに震える丸山には通じてなそうだ。

「将来末吉商事を背負って立つ尚登さんを支えるには不安がありますけど!」
「残念、俺は末吉の社長にはなりません、彼女がいてくれれば十分です」

そんなことはっきり言っていいのか、のちのち跡継ぎ問題に発展してしまうのでは──青ざめる陽葵の目の前で丸山が声を張り上げる。

「尚登さん!」
「尚登!」

丸山の声に重なり背後で仁志の声がする、駆けつけた仁志は中にいる丸山を見つけると二人を押しのけ中へ飛び込んだ。

「この度のこと大変申し訳なかったです、大層心痛もおありでしょう。ささ、私がお話を伺いますから、こちらへ!」

部屋の外へといざなった、社長室へ行こうというのだろう。社長付きの女性秘書が丸山の背に手を添え案内しようとする。

「わたくしは! 尚登さんとお話がいたしたくて、参じましたのよ!」

秘書の手を振り払い叫んだ。

「お見合いの中止を決めたのは父である私です、お詫び申し上げます」

末吉の社長に頭を下げられ、丸山は鼻息の荒さはそのままに歩き出す。まだバックハグ中の陽葵と尚登の前を通り過ぎる時、尚登につけまつげも派手な目を何度もまばたきして色気をアピールしたが、尚登は視線も合わせず陽葵の頭上で「けっ」と毒気づく。それが聞こえたのか丸山は陽葵のことは射殺さんばかりに睨みつけから出て行った。社長の秘書が頭を下げその後に続く、社長が小さな声で「済まなかった」と謝るのには尚登は不機嫌に舌打ちで応えた。
そして山本が入れ替わりに入りドアを静かに閉め、大きなため息を吐く。ここでようやく山本が社長を呼びに行っていたのだと陽葵は判った。

「判ったろ、俺が見合いなんかで相手選びたがらないの。あんなんばっかだぜ」

尚登はイライラした様子でネクタイまで緩めて文句を言う。

「同情いたします」

山本もため息を吐きながら言う、それには陽葵も同意した。

「落合課長が招き入れた点もお伝えしております、さすがにお怒りでした」
「だろうな。いい加減配置換えか、クビにでもすりゃいいんだ」

だが元は自らを取り合いしたという恋敵だ、社長といえども扱いも難しいのかもしれない。

「クビはお厳しい」

山本もやんわりと口を添える。

「左遷だ、左遷。あーっ、陽葵ーっ」

尚登は叫び再度陽葵を背後から抱き締める。陽葵は、ひ、と声が漏れそうになり体も硬直させたが、意外にも温かい尚登の体を受け入れていた。尚登は陽葵の首筋に眉間を押し当て深呼吸する。

「あー陽葵、いい匂いー、はあ、生き返ったー」

元気な声で言い陽葵を解放した。最後に髪をひと撫でしていくそんな仕草に陽葵の心がわずかに高鳴る、だがそんなはずはないと否定し、机へ向かう尚登の背を見送っていた。

「仲がよろしいですね」

様子を見ていた山本に言われ、陽葵は途端に不機嫌になってしまう、一方的に搾取されているといいたい。
ふと室内を見て驚いた、応接セットのテーブルには紅茶まで出されている、一体誰が出したというのか。それを山本が片付けようとするとの見て陽葵は慌ててそれを止めた、それくらい自分がやらねばと引き受ける。
尚登の秘書になってからはろくに仕事をしていない感覚だ、こんな状態で給料などもらえない。
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