弊社の副社長に口説かれています
ふと記された二重丸が気になった。

「ここからは除外したけど、それらしき行為は夫婦のものだけらしい」

陽葵の視線を読み取った尚登がその二重丸を指さしが言う。確かに場所は両親の寝室であり、時間帯で想像はつく。

「この2週間は、史絵瑠の部屋は静かなものでとりあえず疑わしい様子はなかったそうだ。万が一それ以外の場所、家でも外でも行われていた場合もあるかもで、それもとなるとさらなる調査が必要だってよ」

陽葵の実家は1階にあるリビングと両親の部屋は隣接しているが、ダイニングや風呂場は廊下を挟んでいる。2階には3室あり、ひとつは史絵瑠の部屋だが、陽葵か物置になっている空き部屋の可能性もある──恐ろしいことを考えて陽葵は自分の体を抱きしめた。

「史絵瑠の身辺調査は3週間行ってもらった。その結果としては、とにかく金が欲しい、金がないと、家を出たいと訴えているようだが、それも虐待が原因かまでは判らずだが」

言いながら別にまとめられた紙をこれと言って示す。初めの数枚は史絵瑠の一日の行動を記したものだった、あとの数枚は聞き取ったという証言が箇条書きにされている。

「だってそんなこと、余程信用した人にだって、私なら言わないです……っ、義理とは言え父親にいたずらされてるなんて……!」

涙目で訴えれば、尚登は指を立てて陽葵の意見を封じる。

「父親が厳しくて嫌だ、母親が面倒、だとよ」

父が厳しい、それは史絵瑠を手放したくない、監視しておきたいからで、やはり史絵瑠を束縛していたいから──陽葵の考えはどんどん落ちていく。

「お父さんは門限について度々言っているようだな、それがなければもっと稼げるのに、って」

稼ぐとは──アルバイトを禁止されているのだろうか。その疑問は次に示された書類に答えがあった。

「毎日、最低でも一人、多ければ三人は男と会っているらしい」

コピー用紙に印刷された写真は1ページに8枚ずつ、それが数枚に渡ってあった。
男と腕を組みホテルに入って行こうとする姿、あるいは出てくるところ、レストランやカフェでお茶や食事をしているもの──数十枚に上る史絵瑠の写真だが、相手は数人といったところか、しかし同じ人物でも服装が違い、何度も会っている様子が判る。

「ずいぶん前からパパ活をやってるみたいだな。そうやって稼いだ金はブランド品や男に貢いでて、稼いでも稼いでも足りないらしい」
「そんな生活をしてしまっているのも、父のせいで貞操観念とか道徳心が崩れてしまったからとか……」

写真に一人だけ若い男がいた。

「この男のせいだと思うぜ。そいつ、仕事にも就かずに6年も史絵瑠のヒモやってるって」
「6年!?」

史絵瑠はまだ高校生だったころからではないか。

「バイト先で知り合ったんだと。その頃は真面目にファストフードで働いてたってよ。でもバイトは校則で禁止されていたし親もいい顔をしないからと1年もせずに辞めてる。男もほぼ同じ時期に辞め、以来史絵瑠のヒモ」
「そんな……!」
「親や学校に隠れて大金を稼ぐには、援交とかパパ活なんだろうな。でも親に隠れてじゃ活動時間が限られてる、だから家を出たいとこぼしてるって。だから陽葵をダシに家から出ようって魂胆なんだと思うわ」
「そんなこと! わざわざ私の元へ来る意味が判らないです!」

しかも最初から狙って連絡をしてきてならまだしも、あの日偶然に出会っただけだというのに。

「じゃあ、彼氏さんと住めばいいのに──!」
「単純に家を出る言い訳にはいいのかもな、独り暮らしや他の他人、ましてや彼氏と住むとかいうよりは」

確かに──陽葵は納得した。大学も近く通学が不便なわけでもない、ただ一人暮らしなどという理由では許可は出ないのかもしれない。

「尾行に関してはお父さんも行なってる。実に真面目な仕事ぶりだな、家と武蔵小杉駅にある事務所の往復と、時折仕事先に顔を出し、寄り道もなく帰宅という2週間、外で史絵瑠と会っている様子は全くない。もっと長いスパンで交渉があるとしたら延長も必要なんだが」

それについては陽葵は頷いた、父が真面目に働いていると判り安心した。

「俺の想像だが、両親に彼氏との交際や家を出て行くことを反対されてんじゃね? でも彼氏といたい、金も稼ぎたい、どうやったらそれができるか……って時に、たまたま陽葵と再会して、一瞬にしてお父さんのせいにして陽葵んとこに転がり込もうって思いついたんなら、大した才能だ」
「……そんな……」

全部嘘──そんな馬鹿なと思いつつ、笑顔の史絵瑠の写真を見れば切なくなる、一緒に住みたいというなら父のせいになどしないで、正直に言ってくれたらどんなに気が楽だったか──。

「陽葵さえよければ、きっちり話をつけるか」
「……話を……?」

涙目で陽葵が見れば、尚登は優しく微笑んだ。

「お父さんに不名誉を押し付けてまで、陽葵と住みたいって言った理由は聞いていいと思うぜ。俺も付き合うし」

俺も付き合うし、という言葉が胸にしみた。尚登となら史絵瑠に会うのも怖くない──直接話を聞こうと決意した。
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