弊社の副社長に口説かれています
☆
初めて陽葵からメッセージを送った、話がしたいから会いたいと言えばすぐに史絵瑠は了承する。こうしてみれば姉になついている妹そのものだが、やり取りを見ていた尚登はむしろ面白くない。
史絵瑠が待ち合わせに指定してきたのは川崎駅にあるカフェだった、陽葵の実家があるJR南武線の平間駅からも出てきやすい場所だ。陽葵はできれば人がいない場所──尚登が誘ったような高級中華の個室のような場所がよかったが、史絵瑠は人が多い場所を選んだ。
気分が沈む陽葵とは裏腹に、尚登は嬉しそうにパフェを頬張っていた。果物屋がやっているカフェのパフェは種類も豊富で楽しそうに目移りしている尚登の様子に本当に甘いものが好きなのだと判る。確かにおいしそうなパンケーキだとは思うが、陽葵は喉が通らず紅茶だけを注文していた。
そもそも史絵瑠の願いを無下にしている時点で心苦しいのに、さらに史絵瑠に隠れてあれこれ調べたことで後ろめたさが倍増している。何度目かのため息を吐いた時、
「あ、いたいた、お姉ちゃん!」
元気な声がして顔を上げた、ファッション誌の手本のような姿の史絵瑠が手を振るのを見て陽葵は引きつった笑みしかできなかった。
直接会えればこっちのもの──泣き落としで同居に持ち込もうと史絵瑠は意気揚々とやってきた。笑顔で駆け寄ろうとしたが、陽葵の隣に座る尚登が目に入り一瞬足が止まる。あの男だ、実物ははるかにかっこいい──陽葵の恋人だと名乗るが、この男にもちょっかいを出してやろう──瞬時に陽葵が無様に泣く姿を見てやりたい衝動に駆られる、一緒に住めるとなればいつもより容易い。笑みはにやりと残忍なものに変わった。何度か来た店だ、途中で会った店員に紅茶とフルーツサンドを頼み椅子に座った、もちろんここの代金など支払うつもりはない、いつも会う年配の男たちは史絵瑠がしだれかかれば高額な料理でも簡単に支払ってくれるのだ。
「遅くなってごめんねぇ! えーっ! お姉ちゃんもやるなあ、パパたちには連絡も取らずに、こんな素敵な男性と同棲なんて!」
座ったのは尚登の真正面の椅子だ、確かにそちらが出入口に近く問題ない。座るなり史絵瑠は磨き上げた最上の笑みを向けるが、尚登は不機嫌に睨みつけるばかりである。
「お名前は~? 年齢は? あ、待って待って、当てる、うーんと……25……ううん、7! どう?」
実際の予想より若く言うのは相手が男でも女でも常套手段だろう。史絵瑠はテーブルに頬杖をつき首を傾げて聞くが、尚登は完全に無視である。史絵瑠に伝えるべき情報ではない。
「あの、史絵瑠……」
陽葵は声を振り絞ったが声にはなっていなかった。緊張に妙な汗が噴き出す感覚だ、喉に絡みつく何かを咳で追い出そうとすると、尚登が手を握り締めてくれた、それだけで十分だった。ほっと安堵のため息を吐く。
そして尚登が口火を切る、史絵瑠と交渉するのは自分の仕事だ。
「陽葵と相談したんだが、お父さんのことはきちんと警察に届けたほうがいい」
言葉に史絵瑠は「は?」と素っ頓狂な声を出す、なんのことかと思ったのだ
「証拠を集めるのは難しいことじゃないだろう。警察や専門の機関に届け出て、相応の罰を受けてもらった方がいい、陽葵も同じ意見だ」
史絵瑠は「ああ」と呻くように返事をした、自らが吐いた嘘をすっかり忘れていた。
「……ひどい、お姉ちゃん。この人に話したんだ、私の恥ずかしいこと」
目を潤ませて訴えた、だが陽葵は青ざめたまま目すら合わせようとしない、そんなことに腹が立つ。
「俺が無理矢理聞き出したんだよ、日に日にやつれていくんだ、放っておけないだろ」
「あんたには関係ないでしょ」
「無関係じゃねえって何度も言ってんだろ、いい加減覚えろ、ミシェルに通ってるその頭は飾りか」
高飛車な物言いに史絵瑠の怒りは一気に頂点に達する、この男がいなければ陽葵はとっくに自分の思い通りになっていたのだと判った。
「本っ当に失礼な男ね」
「てめえほどじゃねえな。ああ、阿保なのは大学もろくに行かずに金稼ぐのに忙しいからか」
「ホント、なんなのよ、あんた、失礼すぎなのよ! 家族の問題に口出すなって言ってんの! あんたも親身に考えられないなら姉とはさっさと別れなさいよ!」
「親身になってるから陽葵とてめえは近づけさせないし、てめえは警察に行けって言ってんだよ」
「そんなことしたらパパが犯罪者になっちゃうじゃない、いいの!?」
「まあ悪いことしたんだし、いいんじゃね? 陽葵はとっくに家族とは縁を切ってるし、問題ない。俺はそんなこと気にしねえし」
尚登の力強い言葉に陽葵はその手を握り締めていた、その手を離してしまったら、自分は本当に天涯孤独ってしまうような気がした。尚登も陽葵の手の甲をそっと指先で撫でる。
「だいたい、今更なのよ! もう何年もなのに!」
「今更でもだろ。むしろ現在進行形なら証明もしやすいし厳罰の可能性もある。幼少期からならグルーミングだと判ってくれる、完全に不可抗力だったと」
尚登の言葉にその通りだと頷いたのは陽葵だけだ、史絵瑠は派手に舌打ちをする。
「……そんなこと……公に辱めを受けるようで、嫌だわ」
囁くように言ったが。
「さすがに無実の人間を陥れるのは良心が咎めるか?」
尚登の言葉に史絵瑠に瞳が大きく見開かれる。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ、なにが真実なのか物語っている。
初めて陽葵からメッセージを送った、話がしたいから会いたいと言えばすぐに史絵瑠は了承する。こうしてみれば姉になついている妹そのものだが、やり取りを見ていた尚登はむしろ面白くない。
史絵瑠が待ち合わせに指定してきたのは川崎駅にあるカフェだった、陽葵の実家があるJR南武線の平間駅からも出てきやすい場所だ。陽葵はできれば人がいない場所──尚登が誘ったような高級中華の個室のような場所がよかったが、史絵瑠は人が多い場所を選んだ。
気分が沈む陽葵とは裏腹に、尚登は嬉しそうにパフェを頬張っていた。果物屋がやっているカフェのパフェは種類も豊富で楽しそうに目移りしている尚登の様子に本当に甘いものが好きなのだと判る。確かにおいしそうなパンケーキだとは思うが、陽葵は喉が通らず紅茶だけを注文していた。
そもそも史絵瑠の願いを無下にしている時点で心苦しいのに、さらに史絵瑠に隠れてあれこれ調べたことで後ろめたさが倍増している。何度目かのため息を吐いた時、
「あ、いたいた、お姉ちゃん!」
元気な声がして顔を上げた、ファッション誌の手本のような姿の史絵瑠が手を振るのを見て陽葵は引きつった笑みしかできなかった。
直接会えればこっちのもの──泣き落としで同居に持ち込もうと史絵瑠は意気揚々とやってきた。笑顔で駆け寄ろうとしたが、陽葵の隣に座る尚登が目に入り一瞬足が止まる。あの男だ、実物ははるかにかっこいい──陽葵の恋人だと名乗るが、この男にもちょっかいを出してやろう──瞬時に陽葵が無様に泣く姿を見てやりたい衝動に駆られる、一緒に住めるとなればいつもより容易い。笑みはにやりと残忍なものに変わった。何度か来た店だ、途中で会った店員に紅茶とフルーツサンドを頼み椅子に座った、もちろんここの代金など支払うつもりはない、いつも会う年配の男たちは史絵瑠がしだれかかれば高額な料理でも簡単に支払ってくれるのだ。
「遅くなってごめんねぇ! えーっ! お姉ちゃんもやるなあ、パパたちには連絡も取らずに、こんな素敵な男性と同棲なんて!」
座ったのは尚登の真正面の椅子だ、確かにそちらが出入口に近く問題ない。座るなり史絵瑠は磨き上げた最上の笑みを向けるが、尚登は不機嫌に睨みつけるばかりである。
「お名前は~? 年齢は? あ、待って待って、当てる、うーんと……25……ううん、7! どう?」
実際の予想より若く言うのは相手が男でも女でも常套手段だろう。史絵瑠はテーブルに頬杖をつき首を傾げて聞くが、尚登は完全に無視である。史絵瑠に伝えるべき情報ではない。
「あの、史絵瑠……」
陽葵は声を振り絞ったが声にはなっていなかった。緊張に妙な汗が噴き出す感覚だ、喉に絡みつく何かを咳で追い出そうとすると、尚登が手を握り締めてくれた、それだけで十分だった。ほっと安堵のため息を吐く。
そして尚登が口火を切る、史絵瑠と交渉するのは自分の仕事だ。
「陽葵と相談したんだが、お父さんのことはきちんと警察に届けたほうがいい」
言葉に史絵瑠は「は?」と素っ頓狂な声を出す、なんのことかと思ったのだ
「証拠を集めるのは難しいことじゃないだろう。警察や専門の機関に届け出て、相応の罰を受けてもらった方がいい、陽葵も同じ意見だ」
史絵瑠は「ああ」と呻くように返事をした、自らが吐いた嘘をすっかり忘れていた。
「……ひどい、お姉ちゃん。この人に話したんだ、私の恥ずかしいこと」
目を潤ませて訴えた、だが陽葵は青ざめたまま目すら合わせようとしない、そんなことに腹が立つ。
「俺が無理矢理聞き出したんだよ、日に日にやつれていくんだ、放っておけないだろ」
「あんたには関係ないでしょ」
「無関係じゃねえって何度も言ってんだろ、いい加減覚えろ、ミシェルに通ってるその頭は飾りか」
高飛車な物言いに史絵瑠の怒りは一気に頂点に達する、この男がいなければ陽葵はとっくに自分の思い通りになっていたのだと判った。
「本っ当に失礼な男ね」
「てめえほどじゃねえな。ああ、阿保なのは大学もろくに行かずに金稼ぐのに忙しいからか」
「ホント、なんなのよ、あんた、失礼すぎなのよ! 家族の問題に口出すなって言ってんの! あんたも親身に考えられないなら姉とはさっさと別れなさいよ!」
「親身になってるから陽葵とてめえは近づけさせないし、てめえは警察に行けって言ってんだよ」
「そんなことしたらパパが犯罪者になっちゃうじゃない、いいの!?」
「まあ悪いことしたんだし、いいんじゃね? 陽葵はとっくに家族とは縁を切ってるし、問題ない。俺はそんなこと気にしねえし」
尚登の力強い言葉に陽葵はその手を握り締めていた、その手を離してしまったら、自分は本当に天涯孤独ってしまうような気がした。尚登も陽葵の手の甲をそっと指先で撫でる。
「だいたい、今更なのよ! もう何年もなのに!」
「今更でもだろ。むしろ現在進行形なら証明もしやすいし厳罰の可能性もある。幼少期からならグルーミングだと判ってくれる、完全に不可抗力だったと」
尚登の言葉にその通りだと頷いたのは陽葵だけだ、史絵瑠は派手に舌打ちをする。
「……そんなこと……公に辱めを受けるようで、嫌だわ」
囁くように言ったが。
「さすがに無実の人間を陥れるのは良心が咎めるか?」
尚登の言葉に史絵瑠に瞳が大きく見開かれる。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ、なにが真実なのか物語っている。