弊社の副社長に口説かれています
そして思う。
「尚登さんのような素敵な方と、陽葵とはどこで知り合ったのでしょう」
思った疑問をそのまま口に出したが、仁志は嬉しそうな声で答えてくれた。
『それが本当のところは教えてくれないのですよ。陽葵さんは昨年度からわが社で働いてくれていますが、いつ言葉を交わしたのかも判りません。でも尚登もすっかり心を奪われているようです。素敵な巡り合わせにご両親には感謝いたします』
そんな讃辞には新奈はええまあと曖昧にしか応えられなかった、陽葵を実質「育てた」といえる日数はいかほどだろうか。
その時遠くから「そろそろお時間です」という男の声が聞こえた。
『ああ、申し訳ありません、もう社を出ないと』
「お忙しいところ、急にお電話など差し上げて申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げてまで言えば、仁志は「いえいえ」と明るく答える。
『お話しできてほっとしました。お目にかかれることを楽しみにしております』
「こちらこそ」
社長の仁志も十分男前だ、会えるだけでも楽しみだが、また再婚するならこんな男がいいとすら思う。
では失礼しますと淑やかに言って通話が切ると、新奈は大きな声で笑い出していた。なんと太い相手なのだ、末吉商事と家族になれるなど、陽葵はえらいなどと勝手に褒めたたえる。
(そっかー、陽葵ったら末吉商事に入社してたんだー)
それすらすごいじゃないと思う、が、同時に腹も立ってきた。
(──天下の末吉商事で働き、そこの御曹司と結婚、ねぇ……)
間違いなく周囲は陽葵を称賛する、かつての引っ越しの挨拶の時が思い出せた。自分や史絵瑠ではなく、陽葵が話題の中心になるのが気に入らなかった。そもそも陽葵の結婚相手は太い相手だが、陽葵が自分に金の融通をしてくれるとは思えない。
これが史絵瑠だったら──にやりと笑みがこぼれた。やはり史絵瑠の方がお似合いだ、外見も家柄も史絵瑠にこそ相応しい。世界で一番可愛い我が娘が世界に名だたる企業の一族に嫁ぐ、そんな素晴らしいシナリオがあるだろうか。
なによりこれまでついてきた嘘が、今回のことでバレれば自分の立場がなくなる。
陽葵から連絡がないのをいいことに嘘をつき続けた。帰ってこないのは大学に進み一人暮らしをしているからとし、学費や生活は自分経由で渡すからと受け取った金は全てエステやブランド品に使った。しかしそれも4年しか通用しない嘘だ、大学院に進んだと嘘をついてもよかったが面倒になり就職したことにした。だがそれでは自由に使える金が減る、だから史絵瑠に恵んでもらっていたのだ。
それらがバレるのが高見沢家も揃った席で起きてはならない──ほの暗い瞳で天井を見上げた。
やはり尚登は史絵瑠と結ばれるのが一番だ、金さえあれば愛がない結婚も悪くないと史絵瑠を説得しよう。自分もそうだった、京助とはただ収入がいいから結婚しただけだ。そう思ったのは前夫が亡くなった時──前夫は普通のサラリーマンだったが遺してくれた遺産が新奈を狂わせた。世の中全て金である、金があれば幸せに生きていける。
電話を終えた仁志が執務室を出れば、エレベーターホールで待つ尚登たちを見つけた。
「尚登、陽葵さん」
呼ばれ、陽葵と山本が会釈して応える、尚登は横柄にも「おう」と答えて終わりだ。
「今、陽葵さんの母君から連絡があったよ」
それには陽葵と尚登は口をそろえて「え」と声が出る。
「なんて?」
怒った口調で聞いたのは尚登で、陽葵は青ざめるばかりだ。
「娘がお世話になっております、今後ともよろしくお願いいたします、と」
「他には?」
「他? ああ、お前たちがどこで知り合ったんだと聞かれた、陽葵さんも恥ずかしくて伝えてないのかな?」
嬉しそうに聞く仁志に、尚登はうるせぇと乱暴に答えただけだった。
陽葵は体がふらつくのを感じた。なぜ継母が直接仁志に電話などしてきたのか──史絵瑠は陽葵と尚登の勤め先までは知らないはずだ。知っているとすれば父、京助のみ──内密にとお願いしたのに話したのか、やはり京助にとって大切なのは新奈であり、新奈に乞われればなんでもしてしまうのか──体が冷えていく、ふらつく体を尚登が支えた。
「陽葵さんが報告できたなら、早々に顔合わせの機会を設けてくれ。お母さんも陽葵さんに会いたがってるし、会長も」
「──うっせえな」
尚登の低い声に仁志はムッとするが、陽葵の様子に気づいた。
「陽葵さんは、話してないのかな?」
小さな声で静かに聞いた、陽葵は尚登の腕の中でただうなずく。
それに仁志はうむと応える。尚登から陽葵の生い立ちを詳しく聞いたわけではないが手ひどい虐待を受けていたようだと知らされた。それでも誇れる大学に入りわが社に入社したのだ、なんとも立派なことで虐待など間違いではないかと思っていたが──。
「──尚登たちが嫌でなければ、親だけで会おう、うん、それがいい。それと今日はお前たちは来なくていい」
尚登を仕事に連れて歩くのは次期社長としての顔見せと、尚登に仕事を覚えてもらう意味合いがあるが、尚登の言葉ではないが、いてもいなくても仕事に大きな支障はない。
尚登も素直に悪いなと断り、陽葵を横抱きに抱き上げた。
「尚登さんのような素敵な方と、陽葵とはどこで知り合ったのでしょう」
思った疑問をそのまま口に出したが、仁志は嬉しそうな声で答えてくれた。
『それが本当のところは教えてくれないのですよ。陽葵さんは昨年度からわが社で働いてくれていますが、いつ言葉を交わしたのかも判りません。でも尚登もすっかり心を奪われているようです。素敵な巡り合わせにご両親には感謝いたします』
そんな讃辞には新奈はええまあと曖昧にしか応えられなかった、陽葵を実質「育てた」といえる日数はいかほどだろうか。
その時遠くから「そろそろお時間です」という男の声が聞こえた。
『ああ、申し訳ありません、もう社を出ないと』
「お忙しいところ、急にお電話など差し上げて申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げてまで言えば、仁志は「いえいえ」と明るく答える。
『お話しできてほっとしました。お目にかかれることを楽しみにしております』
「こちらこそ」
社長の仁志も十分男前だ、会えるだけでも楽しみだが、また再婚するならこんな男がいいとすら思う。
では失礼しますと淑やかに言って通話が切ると、新奈は大きな声で笑い出していた。なんと太い相手なのだ、末吉商事と家族になれるなど、陽葵はえらいなどと勝手に褒めたたえる。
(そっかー、陽葵ったら末吉商事に入社してたんだー)
それすらすごいじゃないと思う、が、同時に腹も立ってきた。
(──天下の末吉商事で働き、そこの御曹司と結婚、ねぇ……)
間違いなく周囲は陽葵を称賛する、かつての引っ越しの挨拶の時が思い出せた。自分や史絵瑠ではなく、陽葵が話題の中心になるのが気に入らなかった。そもそも陽葵の結婚相手は太い相手だが、陽葵が自分に金の融通をしてくれるとは思えない。
これが史絵瑠だったら──にやりと笑みがこぼれた。やはり史絵瑠の方がお似合いだ、外見も家柄も史絵瑠にこそ相応しい。世界で一番可愛い我が娘が世界に名だたる企業の一族に嫁ぐ、そんな素晴らしいシナリオがあるだろうか。
なによりこれまでついてきた嘘が、今回のことでバレれば自分の立場がなくなる。
陽葵から連絡がないのをいいことに嘘をつき続けた。帰ってこないのは大学に進み一人暮らしをしているからとし、学費や生活は自分経由で渡すからと受け取った金は全てエステやブランド品に使った。しかしそれも4年しか通用しない嘘だ、大学院に進んだと嘘をついてもよかったが面倒になり就職したことにした。だがそれでは自由に使える金が減る、だから史絵瑠に恵んでもらっていたのだ。
それらがバレるのが高見沢家も揃った席で起きてはならない──ほの暗い瞳で天井を見上げた。
やはり尚登は史絵瑠と結ばれるのが一番だ、金さえあれば愛がない結婚も悪くないと史絵瑠を説得しよう。自分もそうだった、京助とはただ収入がいいから結婚しただけだ。そう思ったのは前夫が亡くなった時──前夫は普通のサラリーマンだったが遺してくれた遺産が新奈を狂わせた。世の中全て金である、金があれば幸せに生きていける。
電話を終えた仁志が執務室を出れば、エレベーターホールで待つ尚登たちを見つけた。
「尚登、陽葵さん」
呼ばれ、陽葵と山本が会釈して応える、尚登は横柄にも「おう」と答えて終わりだ。
「今、陽葵さんの母君から連絡があったよ」
それには陽葵と尚登は口をそろえて「え」と声が出る。
「なんて?」
怒った口調で聞いたのは尚登で、陽葵は青ざめるばかりだ。
「娘がお世話になっております、今後ともよろしくお願いいたします、と」
「他には?」
「他? ああ、お前たちがどこで知り合ったんだと聞かれた、陽葵さんも恥ずかしくて伝えてないのかな?」
嬉しそうに聞く仁志に、尚登はうるせぇと乱暴に答えただけだった。
陽葵は体がふらつくのを感じた。なぜ継母が直接仁志に電話などしてきたのか──史絵瑠は陽葵と尚登の勤め先までは知らないはずだ。知っているとすれば父、京助のみ──内密にとお願いしたのに話したのか、やはり京助にとって大切なのは新奈であり、新奈に乞われればなんでもしてしまうのか──体が冷えていく、ふらつく体を尚登が支えた。
「陽葵さんが報告できたなら、早々に顔合わせの機会を設けてくれ。お母さんも陽葵さんに会いたがってるし、会長も」
「──うっせえな」
尚登の低い声に仁志はムッとするが、陽葵の様子に気づいた。
「陽葵さんは、話してないのかな?」
小さな声で静かに聞いた、陽葵は尚登の腕の中でただうなずく。
それに仁志はうむと応える。尚登から陽葵の生い立ちを詳しく聞いたわけではないが手ひどい虐待を受けていたようだと知らされた。それでも誇れる大学に入りわが社に入社したのだ、なんとも立派なことで虐待など間違いではないかと思っていたが──。
「──尚登たちが嫌でなければ、親だけで会おう、うん、それがいい。それと今日はお前たちは来なくていい」
尚登を仕事に連れて歩くのは次期社長としての顔見せと、尚登に仕事を覚えてもらう意味合いがあるが、尚登の言葉ではないが、いてもいなくても仕事に大きな支障はない。
尚登も素直に悪いなと断り、陽葵を横抱きに抱き上げた。