弊社の副社長に口説かれています
車はようやく停車する、エンジンが止まる前に降りろと言われ見上げた建物を見て陽葵はため息が出た。
陽葵が生まれ育った川崎の実家だ。玄関脇に駐車場はあるが車はずっとなかった、その駐車場に乗ってきた車は停められた。
ウキウキと歩く新奈が玄関のドアを開け先に入った。陽葵も男に背中を押され中に入る、構造自体は変わらない、だが飾りつけや玄関マットは新しいものになっており、離れていた時間の長さを感じた。
室内は静かだった。日曜日だが父はいないようだ。

「さあて、どこでご相伴に預かるか」

長髪の男が顎を撫でながら室内を見渡した、入ってすぐはリビングだ、その右手にダイニングキッチンがある。

「どこでも。とりあえず証拠が残らないようにゴムを持ってくるわ」

言って新奈はリビングの奥の主寝室へ向かった、義理の娘が暴行されることを完全に容認している。

「えー、旦那さんのぉ? 俺たち、サイズ合うかな」

小太りの男が言えば、三人で笑い出した。

「確かに小さいかも?」
「そんなはっきり言ったら旦那さんに悪いぜ」
「ええ、だってぇ」

そんなことで三人は更に大きな声で笑う、陽葵には何が楽しいのかさっぱり判らなかった。

「証拠は確かに残したくねえ。だったら風呂場で洗い流せばいいいいんじゃね?」

長髪の男が言った。

「え、風呂場!? 床は硬ぇし寒いし、立たなくなるわ!」

小太りの男が抗議するが、新奈はにやりと微笑んだ。

「──ふふ、いいんじゃない? ヨガマットならあるわ、風呂場にしましょ」

長髪の男もにやりと笑い陽葵に風呂場へ行くよう指示した、勝手知ったる家の中だ、陽葵はそちらへ向かって歩きだす。
自分はどうなるのだ──乱暴し気が済めば解放されるのか──だが、そんなことはないと到着した風呂場で思い知らされた。
脱衣所のドアを小太りの男が開けた、風呂場のドアは長髪の男が開ける。中を見た陽葵は目を大きく見開いた。

「──お父さん……!」

父の京助は全身をロープで巻かれ芋虫のように空の湯船に転がされていた。ロープで猿ぐつわをされた口で陽葵を呼ぶが、はっきりとしない声だった。額に汗が浮かんでいるのは、なんとかロープが解けないかともがいた跡だ。

「なんで……!」
「お前のお母さんは、お前とお父さんに死んでほしいんだと」

長髪の男が教えてくれた。

「あまり手をかけず、自殺に見えるようにって相談されてよ。おっかねえお母さんだな」

長髪の男が言えば、男二人で笑い出した。そこへヨガマットを持った新奈がやってくる。

「邪魔なのは私だけでしょ! どうしてお父さんまで殺す必要があるの!」

陽葵が声を上げれば、新奈は笑顔で応える。

「もう用済みだからよ」
「用済みって……!」

十分不自由のない暮らしをしてきたはずが、陽葵のためと受け取っていた金がなくなると途端に貧乏になった気がした。一度上げた生活水準はそう簡単には下がらない。
そして次の金づるは見つけた、高見沢家だ。夫も失ったとなれば高見沢家に目をかけてもらえるかもしれない──。

「原因不明の親子心中、美しいでしょう」

思惑は明かさず、新奈はヨガマットを風呂場に敷きながら答えた。

「心中……!?」

驚き繰り返す陽葵の言葉に新奈は妖艶に微笑む。

「そ、あなたたちはここで死ぬの。ああ、大丈夫よ、あなたたちが完全に息絶えたら、パパのロープは解くし、あなたの結束バンドも外すし、あとは私が二人は悩んでいたとか言えば、多少の怪我があっても誤魔化せるでしょ」
「父は関係ないじゃない!」
「関係ないことないでしょ。こっそり高見沢尚登と会っていたんだから」

それは事実だ──唇を噛んだ瞬間だった、長髪の男が陽葵に足払いをかけ引き倒す、その体は太った男が受け取りマットの上に横たえた。

「陽葵!」

危機を察し京助は声を上げたがそれはこもっていて、陽葵の嫌だという悲鳴に掻き消された。

「あなた、高見沢尚登に何か話したの? それを高見沢尚登はパパに伝えた?」

何の話題についてなのかと聞きたい、新奈が何をそんなに恐れているのかが判らなかった。
京助も懸命に首を左右に振る。嘘の陽葵の人生を刷り込まれていたことを新奈に問い詰めたかったが、結局はしていない。ぽろりと陽葵の安否を聞いてしまったがそれだけだ。それから数日、別段変わった様子もなく接していたが今朝は朝も早くから来客があった、新奈が玄関へ出ると覆面をした男が二人入ってきて殴り縛り上げ、湯船に放り込まれた。それに新奈も関与していると今初めて知ったのだ、その目的も。

「陽葵、高見沢尚登とは同じ会社なのよね、生命保険会社でしょ」

にこりと微笑み言う言葉を、陽葵も京助も心の中で違うと叫んだが、

「そう、嘘。陽葵、すごいじゃない、天下の末吉商事に入社だなんて」

なぜ今そんな話を──考えたいが男たちの手と舌が全身を這い、陽葵はそれどころではない。太った男は陽葵の上半身を、長髪の男は下半身をいたぶる、男たちの力の前に自分はあまりに非力だった。
全身が冷えていく、尚登にされれば心地よく溺れる行為なのに今はまったく違う感覚が襲う。まるで不快な虫が這いずり回るようだ。歯を食いしばりその嫌悪感に耐えた、もがけば結束バンドが食い込むがそんな痛みも気にならなかった。
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