弊社の副社長に口説かれています
「……え……」
途端に男が情けない声で痛い痛いと騒ぎだす、尚登がその手首を掴み外側へ捩じったのだ。本来の可動域を超えた動きに男は泣き声を上げながら悶えた、その体を引き倒し顔と胸を膝で押さえつける、模範演技のような流れる動きに格闘技がよく判らない陽葵ですら手慣れていると感心してしまった。男の動きを封じてナイフをもぎ取り、刃を格納するとコートのポケットに入れ男の首に腕をかけた、頸動脈を締め気絶させるスリーパーホールドだ。
男は暴れた、その時浴室内のバケツを蹴っ飛ばしてしまう。音に陽葵も尚登もそちらを見た、立ち上る臭いに危険を察知する。
呻いていた男ががくりと頭を垂れると、尚登はすぐさま陽葵を脱衣所へ運び出した。
「ちょっと待ってろ」
一度抱きしめ言うと、上衣を整え下半身はコートを脱いで覆った。陽葵が拘束されているのは判っている、だが陽葵の父を出すのが先決だった、急ぎ浴室に戻ると京助を横抱きに抱き上げ脱衣所に運び出す。縄はかた結びだった、解くのはもどかしいとコートのポケットからナイフを取り出し、それでまずは口を解放した。
「手を! 手を自由にしてくれれば、あとは自分でやります! 陽葵を!」
陽葵の異常事態は判る、自分などより陽葵を気遣ってほしいと叫んでいた。
何本かの縄でぐるぐる巻きにされていた、尚登は頷き腰当たりの結び目をナイフで切り少し解けば、あとは京助は自分で体を揺らしロープを落とす。残りも手渡されたナイフを使い切り始めた。
尚登は男も引きずり出し、浴室のドアを閉めてから陽葵の傍らに膝をつく。陽葵はほっとした顔で見上げるがその顔は青ざめ、過呼吸は直っていない。
「大丈夫だ陽葵、ゆっくり息を吐け」
陽葵の頬を両手で包み込み言うが、陽葵は首を左右に振った。張り詰めた心の糸は簡単には解れない。
「陽葵」
静かに呼ぶが、陽葵の返事は苦しそうな呼吸音だけだった。
「私じゃない!」
陽葵を気に掛ける尚登の心を邪魔する新奈の声が響いた、それは尚登を逆なでする。
「私じゃ……!」
「うるせえ、殴られたくなかったら黙ってろ!」
睨みつけ怒鳴れば、新奈はひ、と声を上げ身を小さくする。
陽葵は呼吸に集中した、いつも尚登が言ってくれるゆっくり吐けと言う言葉を思い出しながら息を吐く、吐ききろうとしてもうまくできないのはなぜだろう。なおも乱れた呼吸と青ざめた陽葵を救うべく、尚登は陽葵の口を口で覆った。情愛を注ぎ込むキスではない、陽葵の呼吸を整えるためのものだ。陽葵は瞳を閉じて尚登の呼吸を感じた、尚登も意識してゆっくりと息継ぎをする。
そんな様子を見ながらも新奈は違う違うと呟き続ける。
ようやく陽葵の浅い呼吸が収まってきた、頬を撫でれば温かさも戻っている、尚登は唇を啄んでからゆっくり離れた。
「大丈夫か」
頬を撫で額同士を押し当てながら聞いた、陽葵は何度の頷き答えに変える。
「私じゃない、私は関係ない……私はそいつらにそそのかされたよ……!」
この期に及んで身の保全を図ろうとする新奈を尚登が怒鳴りつけようとしたが。
「新奈」
京助は最後の縄を切り裂きながら静かに呼んだ、その静けさに新奈は一縷の望みを託し笑顔で顔を上げたが、それはすぐに崩れた。京助の目を見ればすべて判った。
「もういい──君とは終わりにする」
当然の別離の言葉を新奈は受け入れられない、違う、自分は騙されたと呟き、怒鳴り、呻いた。そんな新奈を京助は冷たい目でみつめていた。
手首を縛る結束バンドを尚登がナイフで切り離した、ようやく自由になった手を陽葵は胸前でこすり合わせる。
「遅くなって悪かったな」
尚登は食い込んだ結束バンドで血が滲み紫に変色しているその場所を撫でながら謝罪した、陽葵は慌てて首を左右に振る。
「遅くなんかないです、むしろなんでここが判ったんですか?」
以前の史絵瑠との会話からも陽葵の実家の住所は知っていたと判る、来ること自体は不思議ではないが、なぜ拉致と結びついたのか。
「小宮さんが教えてくれた、あの人もいつもフラフラしてるけど大したもんだな。車は川崎ナンバーだって教えてくれて、川崎といえばここだと思って来てみれば案の定のその車はきちんと停まってるし、中見たら陽葵の財布は落ちてるし、絶対ビンゴだと思って、あ、すみません、窓ガラス割りました」
最後は京助に向けた言葉だ、助けられた京助はもちろん気にするなと応えた。
「無事でよかった」
尚登は陽葵を抱きしめた、その温かさが今の陽葵には心苦しい。
「でも……男たちに、いっぱい触られちゃいました」
おぞましさに身を震わせ、陽葵は小さな声で謝っていた。
「ごめんなさい」
「バカだな、陽葵のせいじゃねえ」
尚登はしっかりと陽葵を抱きしめた、男女の膂力の差は心得ている、陽葵のようなただの女子が大の男ふたりに敵うはずがない。
「でも最後までは……尚登くんが来てくれたから……ありがと」
間に合わなければ今頃男たちに──改めてぞっとした。尚登は陽葵を抱く腕に力を込める。
「陽葵に何があっても俺は気にしない、陽葵が別の男を好きになったって言うなら諦めるけどな」
「そんなこと!」
改めて思った、尚登以外の人に触れられるのはやはり苦手だ。今この手を離したらまた自分は息ができなくなるのでは──尚登をしっかりと抱きしめ存在を確かめる。尚登もさらに体を密着させその気持ちに応えた。
途端に男が情けない声で痛い痛いと騒ぎだす、尚登がその手首を掴み外側へ捩じったのだ。本来の可動域を超えた動きに男は泣き声を上げながら悶えた、その体を引き倒し顔と胸を膝で押さえつける、模範演技のような流れる動きに格闘技がよく判らない陽葵ですら手慣れていると感心してしまった。男の動きを封じてナイフをもぎ取り、刃を格納するとコートのポケットに入れ男の首に腕をかけた、頸動脈を締め気絶させるスリーパーホールドだ。
男は暴れた、その時浴室内のバケツを蹴っ飛ばしてしまう。音に陽葵も尚登もそちらを見た、立ち上る臭いに危険を察知する。
呻いていた男ががくりと頭を垂れると、尚登はすぐさま陽葵を脱衣所へ運び出した。
「ちょっと待ってろ」
一度抱きしめ言うと、上衣を整え下半身はコートを脱いで覆った。陽葵が拘束されているのは判っている、だが陽葵の父を出すのが先決だった、急ぎ浴室に戻ると京助を横抱きに抱き上げ脱衣所に運び出す。縄はかた結びだった、解くのはもどかしいとコートのポケットからナイフを取り出し、それでまずは口を解放した。
「手を! 手を自由にしてくれれば、あとは自分でやります! 陽葵を!」
陽葵の異常事態は判る、自分などより陽葵を気遣ってほしいと叫んでいた。
何本かの縄でぐるぐる巻きにされていた、尚登は頷き腰当たりの結び目をナイフで切り少し解けば、あとは京助は自分で体を揺らしロープを落とす。残りも手渡されたナイフを使い切り始めた。
尚登は男も引きずり出し、浴室のドアを閉めてから陽葵の傍らに膝をつく。陽葵はほっとした顔で見上げるがその顔は青ざめ、過呼吸は直っていない。
「大丈夫だ陽葵、ゆっくり息を吐け」
陽葵の頬を両手で包み込み言うが、陽葵は首を左右に振った。張り詰めた心の糸は簡単には解れない。
「陽葵」
静かに呼ぶが、陽葵の返事は苦しそうな呼吸音だけだった。
「私じゃない!」
陽葵を気に掛ける尚登の心を邪魔する新奈の声が響いた、それは尚登を逆なでする。
「私じゃ……!」
「うるせえ、殴られたくなかったら黙ってろ!」
睨みつけ怒鳴れば、新奈はひ、と声を上げ身を小さくする。
陽葵は呼吸に集中した、いつも尚登が言ってくれるゆっくり吐けと言う言葉を思い出しながら息を吐く、吐ききろうとしてもうまくできないのはなぜだろう。なおも乱れた呼吸と青ざめた陽葵を救うべく、尚登は陽葵の口を口で覆った。情愛を注ぎ込むキスではない、陽葵の呼吸を整えるためのものだ。陽葵は瞳を閉じて尚登の呼吸を感じた、尚登も意識してゆっくりと息継ぎをする。
そんな様子を見ながらも新奈は違う違うと呟き続ける。
ようやく陽葵の浅い呼吸が収まってきた、頬を撫でれば温かさも戻っている、尚登は唇を啄んでからゆっくり離れた。
「大丈夫か」
頬を撫で額同士を押し当てながら聞いた、陽葵は何度の頷き答えに変える。
「私じゃない、私は関係ない……私はそいつらにそそのかされたよ……!」
この期に及んで身の保全を図ろうとする新奈を尚登が怒鳴りつけようとしたが。
「新奈」
京助は最後の縄を切り裂きながら静かに呼んだ、その静けさに新奈は一縷の望みを託し笑顔で顔を上げたが、それはすぐに崩れた。京助の目を見ればすべて判った。
「もういい──君とは終わりにする」
当然の別離の言葉を新奈は受け入れられない、違う、自分は騙されたと呟き、怒鳴り、呻いた。そんな新奈を京助は冷たい目でみつめていた。
手首を縛る結束バンドを尚登がナイフで切り離した、ようやく自由になった手を陽葵は胸前でこすり合わせる。
「遅くなって悪かったな」
尚登は食い込んだ結束バンドで血が滲み紫に変色しているその場所を撫でながら謝罪した、陽葵は慌てて首を左右に振る。
「遅くなんかないです、むしろなんでここが判ったんですか?」
以前の史絵瑠との会話からも陽葵の実家の住所は知っていたと判る、来ること自体は不思議ではないが、なぜ拉致と結びついたのか。
「小宮さんが教えてくれた、あの人もいつもフラフラしてるけど大したもんだな。車は川崎ナンバーだって教えてくれて、川崎といえばここだと思って来てみれば案の定のその車はきちんと停まってるし、中見たら陽葵の財布は落ちてるし、絶対ビンゴだと思って、あ、すみません、窓ガラス割りました」
最後は京助に向けた言葉だ、助けられた京助はもちろん気にするなと応えた。
「無事でよかった」
尚登は陽葵を抱きしめた、その温かさが今の陽葵には心苦しい。
「でも……男たちに、いっぱい触られちゃいました」
おぞましさに身を震わせ、陽葵は小さな声で謝っていた。
「ごめんなさい」
「バカだな、陽葵のせいじゃねえ」
尚登はしっかりと陽葵を抱きしめた、男女の膂力の差は心得ている、陽葵のようなただの女子が大の男ふたりに敵うはずがない。
「でも最後までは……尚登くんが来てくれたから……ありがと」
間に合わなければ今頃男たちに──改めてぞっとした。尚登は陽葵を抱く腕に力を込める。
「陽葵に何があっても俺は気にしない、陽葵が別の男を好きになったって言うなら諦めるけどな」
「そんなこと!」
改めて思った、尚登以外の人に触れられるのはやはり苦手だ。今この手を離したらまた自分は息ができなくなるのでは──尚登をしっかりと抱きしめ存在を確かめる。尚登もさらに体を密着させその気持ちに応えた。