弊社の副社長に口説かれています
尚登の服ではさすがに歩くこともままならない、大きく袖も下衣の裾を上げて食堂へ向かう。

一歩入った陽葵は、あまりに異質な空間にどこの城へ来たのかと思った。マーブル模様の石の床に、白が基調の家具はシンプルだが統一感がある、天井には小ぶりだがシャンデリアが二つもぶら下がっていた。大きな半円を描きはみ出した場所にある窓の外には木が幾重にも重なり森のように見えるのは視覚的効果だ、その窓には天井から重厚なカーテンが何枚もかかっている、改めて高見沢家の格を見せつけられた。

「きゃ、陽葵ちゃん、可愛い!」

オーバーサイズの服を着た陽葵の愛らしさに、希美はすぐさま声を上げていた。

「どうぞ、座って! 陽葵ちゃんのお口に合うといいんだけど」

尚登に連れられ箸が並ぶ席へと向かう、そこには石巻が笑顔で立ち、陽葵のために椅子を引いて待っている。窓際で上座となる席だ、陽葵は戸惑いつつも腰かけた。高見沢家ではあまり気にしないのか、会長である祖父は一番下座といっていい出入口に近い場所に既に座っている。

「つか、作りすぎだろ」

テーブルを見た尚登が呆れる、確かに陽葵も驚く量だった。
どれも大皿に盛られ、ここはバイキング形式の食事処なのかという状態だった、和洋折衷なところがそれに拍車をかける。主菜だけでもステーキやアクアパッツァのような魚の煮物に、肉じゃがや肉豆腐まで並んでいた。 二人で食べろと言うのではない、家政婦が皆に味噌汁が入った椀を並べていく、そろって早めの夕飯にするようだ。

「だって、二人ともお腹ペコペコだって言うから」

希美が笑顔で言う。作るのは希美の仕事だ、家政婦たちの仕事はその手伝いをする程度で他は片付けや家じゅうの掃除がメインとなる。

「いつまでも中学生の気分でいるんじゃねえよ」

中学生の頃の尚登はよく食べたのだろうか、そんなことも判り陽葵は笑顔になる。

「いいじゃない、残ったら持って帰ってね。明日の朝ご飯くらいにはなるでしょ」

それは助かると陽葵が思った時。

「今回の誘拐が尚登の関連でしたら、本当に申し訳ない」

則安が口火を切った、言われてよくある富豪相手の身代金誘拐だと勘違いされているのだと判った。しかしまだ交際も浅い恋人を誘拐して目的は達成されるのだろうか、思いながらも応える。

「いいえ、尚登さんはまったく無関係です」

言ってからはたと思う、継母は尚登と史絵瑠の仲を取り持とうとしていた、ならば無関係ではないのか。

「しかしまだ残党や模倣犯がいるとも限らない。今日からこちらに住むといい、ここならそれなりの警備もあるから安心だ」

センサーやカメラはしっかり付いている、万が一には警備会社から駆けつけてくる。石巻はじめ男手もあれば安心感は違う。

「そんな、そんな!」

慌てて手を振り辞退の意思を示す、諸悪の根源の継母はもうこのような悪さはしないだろう。

「この家は二世帯住宅なのよ」

以前尚登にも聞いた話を希美が語る。

「ここ数年使っていないけど、毎日のようにお掃除はしてたし、さっき尚登から電話があってちゃんとお掃除し直しているから、いつでも使えるわよ!」

内部に行き来できるドアはあるが、玄関も二つある二世帯住宅だ。結婚当初は会長夫婦と社長夫婦はそれぞれ1階と2階で暮らしていたが、尚登がアメリカに留学し、さらに4年前に則安の妻が亡くなると社長夫妻も1階での生活を始めていた。

「使っていないのももったいないから、陽葵ちゃんが使ってくれたら嬉しいわ。お部屋はいっぱいあるから陽葵ちゃんのお父様も一緒に住めると思う──」
「俺が嫌だわ」

尚登は笑顔で拒絶する。

「ここじゃ窮屈じゃん。陽葵と好きな時に一日中でもエッチしてぇじゃんな?」

な?と笑顔で同意を求められたが、陽葵に応えられるわけがない。俯きモジモジしていると、希美も恥ずかし気に頬を染め尚登の名を呼び諫め、則安は大きく咳ばらいをし誤魔化す。

「お義父さんには相談しておく、あの家に住み続けるのも問題があると思うし」

尚登が言えば皆が頷いた。新奈の刑期がどれほどになるか判らないが、終えれば帰ってくる可能性もあるかもしれない。あっさりと別離を選んだ史絵瑠しかりだ、住処は変えたほうがいい。

食事を終えると、団らんの時間もとらず尚登が辞去を申し出る。皆が、陽葵すら引き留めたが尚登が早く二人きりになりたいと言えば、希美はきゃあと言って喜び二人をいそいそと送り出した。
石巻の運転で山下公園近くのマンションに戻ると尚登は5階のボタンを押す、陽葵は「ん?」と聞いていた。

「小宮さんが心配してるだろうから、とりあえず無事だった報告」

ああ、そうだと陽葵は納得する。小宮が見ていなければ、解決に時間がかかったかもしれない、そうなれば自分はどうなっていたのか──。

インターフォンで名を告げれば小宮は返事もそこそこにバタバタと飛び出し、陽葵を見るなり涙目で抱きしめてくれた。

「後日改めてお礼に伺います」

尚登が言えば、そんなことはいいと小宮は陽葵を抱きしめたまま叫ぶ。

「本当にいいのよ、元気な姿を見せてもらえればそれだけで十分」

それでも首に貼られた保護テープや手首の包帯を見れば涙ぐんでしまう。

「いえ、よろしければお食事でも」
「まあ、高見沢くんもいっしょなら行きたいわ」
「そこのマックですけど」

笑顔でファストフード店の名を出せば、小宮が笑い出す。

「ええ、ええ、それならよろこんで。高見沢くん見ながらなら、白米だけでもいいわよ」

冗談が言い合えるほど仲がよくなっていることに陽葵は驚いた、そして二人は改めて頭を下げてその場を辞する。
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