弊社の副社長に口説かれています
「大丈夫か」

小宮の部屋のドアが閉まってから尚登は聞いた、実の母ならば触るなと言えるが、小宮相手ではそうもいかないと好きにさせてしまったが──陽葵はにこりと微笑み答える。

「うん、大丈夫です。心配してくれていたのが判って嬉しいくらい」

尚登だけが温かいと思っていたが、実際にはそうではないと改めて知ったような気がする。

部屋に帰るとまずは風呂に入った、体を清め直し、自分の衣服を身に着ければようやく生きた心地が戻った。どうなることかと思ったが、助かったことを改めて実感する。

「そういえば、尚登くんは格闘技の経験があるんですか?」

尚登も風呂から出たところを捕まえて聞いた。
どうみても暴力になれた素行の悪そうな男相手に、しかも体格的には上と思える相手に危険も顧みず挑むのは、相当熟練していなければ無理ではないだろうか。

「言わなかったっけ? マーシャルアーツやってたって」

尚登は髪を拭いながら陽葵の隣に座り答える。

「え、マーシャルアーツって、エクササイズのひとつじゃ」

確かに武道や格闘技の動きは取り入れているが、本格的な攻撃などできるのだろうか。太極拳も元を正せば攻撃を受け流す動きで、攻撃を繰り出す者と一体になったショーもあるのを見たことがあるが。

「ああ、そういうのもあるのか。いや、俺、アメリカいた頃、暇見つけちゃあ元海兵隊だっておっちゃんがやってる護衛やら自衛やらのためのプログラムに通ってたんだよね。そのおっちゃんが教えてくれたのがマーシャルアーツ、MCMAPってやつで」

白兵戦のための近接格闘術で、戦闘訓練をした兵士やテロリストの制圧を目的としたものだ。

「めっちゃ楽しかったんだよなあ。かなり本気なサバゲーもやったりとかな。サバゲーのくせに1週間野営で敵部隊殲滅とかやるんだぜ、スパイとか裏切りありでマジ面白かった」

殲滅と言っても本当に死なせてしまうわけではない、模擬弾が当たればアウトで戦線離脱である。

「アメリカ人って手加減知らねえなって思ったわ。自衛目的の人も多かったけど、本職のSPとか警官も自主トレに来るようなプログラムだからガチなんだよ。拳銃を()る気満々で突きつけられるとか、弾は入ってないって判ってても怖いっつうの。そんなやつらに交じってやってりゃ鍛えられるわな」

尚登が嬉しそうに饒舌に話す様子に、本当に楽しかったのだと判った。

「性に合ったし、オーナーにも気に入られて大学出たら手伝えとか言われてたのに、日本に帰ってきちまって残念だったね。でも、それが役に立ってよかったわ、ましてや陽葵を守るためなんてな」

言って尚登は陽葵を抱きしめる、趣味の一環だったが本当にやっていたよかったと思う。

「でもブランクは3年か、ちょっと体が鈍ってんのは感じたわ」
「え、そんな風に見えなかった、すごくかっこよかったです」

まさに特撮のヒーローが現れたようだった、喧嘩をし慣れているのかと思ったくらいだ。
陽葵に褒められ、尚登は額同士を押し当て微笑む。

「日本でも教えてくれるところを探してみるか、また陽葵になんかあるとも限らないし」
「もうないですよ」

今回は長年の嫌がらせの果てに起きた事件だろう、その継母も逮捕され離婚ともなれば、もう陽葵を襲うメリットはないはずだ。

「でも尚登くんが習うなら、私もやってみたいです、自分の身は自分で守れるように」

刃物を持った男と対峙できる尚登ほどにはなれなくても、男たちの腕を振り払う術くらいは身に着けてもいいかもしれない。

「それじゃ、俺が陽葵にかっこいとこ見せられねえじゃん」

尚登はいたずらめいた瞳で言った。

「陽葵は俺に守られてりゃいいって」

微笑み、はいと答えた陽葵の声は、尚登の口内に消えた。
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