弊社の副社長に口説かれています
14.許しを
月曜日は、陽葵の怪我を理由に尚登は一緒になって会社を休んだ。確かに陽葵も病院へ傷の具合を診てもらう必要はあったが、午後には出社するつもりだった。だが尚登がさっさと一日休む連絡をしてしまったため、休む口実にされたとは思ったが、昨日の一件で疲れたのは事実だ、今日はおとなしく二人で自宅で過ごすことにした。
傷を診てもらった後、京介の見舞いに訪ねた、時間外の見舞いを看護師も笑顔で迎えてくれた。
「退院の付き添いですね」
言われて尚登と二人、顔を見合わせる。
「え、もう退院ですか?」
「ええ、お父様もここじゃ落ち着かないって言うし、とりあえず後遺症もなさそうなので退院ですよ。今週末に一度顔を見せて欲しいとお話ししてあります」
そうだったのかと足を速めて病室へ向かえば、京助は既に外着に着替えていた。
「陽葵、尚登くん」
京助が笑顔で出迎える。
「先ほど、尚登くんのお父さんもお見舞いに来てくれたよ」
「え、父が?」
そんなことは全く聞いていなかった、入院した病院すら知らせていなかったが、昨日迎えに来てくれた石巻が気付いたのか。仁志は出社前に、時間外だが会わせてもらっていた。
「こんな時にご挨拶になるなど本当に申し訳ない。家に住むのが怖かったら部屋は空いてますのでなんておっしゃってくれて、ありがたい申し出だったがお断りしてしまった」
仁志はまだ本当のことは知らない、京助も語ることはできなかったからだ。
「窓ガラスが入るまでの間だけでも、ぜひ使ってください。喜びます」
「いやいや。それも全て手配してくださったそうで、本当に申し訳ない──元はと言えば、私のせいなのに」
京助は沈痛な面持ちで陽葵に手を伸ばした、それだけ、びくりとしてしまったのはやはりトラウマだろうか。しかし優しく髪を撫でられ、陽葵は小さなため息とともに体の力を抜いた。
▲
「本当に済まなかった、陽葵。新奈があんな女だったとは──私の収入が目当てだったのかな、そんな裕福にしていたつもりはなかったんだが」
結婚相談所のプロフィールには、他にもっと高収入の男性はいくらでもいたように思う。
「まだ幼い君にも女親はいたほうがいいんじゃないかと思ったのが間違いだった。巡り合わせがなければそれはそれと思っていたがすぐに新奈と会うことになって、同じ女の子を育て、陽葵のこともよく褒め、認めてくれていたからすっかり信用してしまった。出会った頃は穏やかな女性だったんだ……取り返しがつかないと判っている、長きに渡り君を虐げ、昨日は目の前で乱暴される君に何もすることができなかった。謝って許されることじゃないと判っている、でも今まで父親として向き合ってこなかった時間を取り戻したい、チャンスをもらえないだろうか」
京助は一気に言うと膝を折ろうとした、土下座でもしようというのかと陽葵は慌てて止める。
「やめて、怒ってるとかそんなの、全然、ないから……」
先日尚登にも言ったように、淋しかっただけなのだ。亡き妻を忘れ新しい妻に夢中になってしまったのような父が、自分よりも新しい娘に夢中になってしまったような父が──。
「私も、やり直したい」
10年以上疎遠になっていた、今さながら父子の時間を持てたら嬉しい──京助に抱き着いていた、幼いころにしたきりだ、その時は腰に抱きつく形だったが今は同じくらいの身長だ。
「陽葵」
京助が抱き返すが、それは小さな子どもをあやすように背や頭をポンポンと叩くものだった。そんな仕草に陽葵の心がじわりと熱くなる、やはり父を嫌いになったわけではないのだ。
(また甘いって言われちゃうかな)
ちらりと尚登を見れば、尚登は優しく微笑み返してくれた。元より関係修復ができれば思っていたのだ、甘いなどと思うはずがない。
「お父さん、退院だって聞いたよ、大丈夫なの?」
体を離してから聞いた、京助は笑顔で答える。
「全然大丈夫だよ。今日も仕事はあるからね。午前中の仕事はキャンセルさせてもらったが、仕事道具だけでも取りに行きたいと先生に言ったら、帰ってよいと言ってもらえたくらいだ」
打撲も頬に一撃を受けた程度だ、事件性を臭わせたくなかったからだろう、擦過傷も軽い。
「私より陽葵の方が怪我は酷そうだが」
「全然だよ」
確かに手首は傷が残ってしまいそうだが、現に首の保護テープは既に外れた。
「本当に、尚登くんが来てくれなかったら今頃どうなっていたか」
京助は呟くように言う、改めてぞっとした、彼らは確実に殺人のために集まっていたのだ。
「お役に立てたならなによりです」
尚登は笑顔で応える。
「陽葵も、怖い思いをさせてしまって悪かったね」
京助に言われて陽葵は首を左右に振った、悪いのは継母だ、父が謝ることではないと思った。
つい先ほどだ、警察が病室に来て現状を知らせてくれた。
新奈は変らず事件を男たちのせいにしているという。だが男たちとの出会いや犯行の経緯は言うたびに変り、対して男二人の供述は共通し一貫しているので、新奈の嘘は明らかとみているようだ。
傷を診てもらった後、京介の見舞いに訪ねた、時間外の見舞いを看護師も笑顔で迎えてくれた。
「退院の付き添いですね」
言われて尚登と二人、顔を見合わせる。
「え、もう退院ですか?」
「ええ、お父様もここじゃ落ち着かないって言うし、とりあえず後遺症もなさそうなので退院ですよ。今週末に一度顔を見せて欲しいとお話ししてあります」
そうだったのかと足を速めて病室へ向かえば、京助は既に外着に着替えていた。
「陽葵、尚登くん」
京助が笑顔で出迎える。
「先ほど、尚登くんのお父さんもお見舞いに来てくれたよ」
「え、父が?」
そんなことは全く聞いていなかった、入院した病院すら知らせていなかったが、昨日迎えに来てくれた石巻が気付いたのか。仁志は出社前に、時間外だが会わせてもらっていた。
「こんな時にご挨拶になるなど本当に申し訳ない。家に住むのが怖かったら部屋は空いてますのでなんておっしゃってくれて、ありがたい申し出だったがお断りしてしまった」
仁志はまだ本当のことは知らない、京助も語ることはできなかったからだ。
「窓ガラスが入るまでの間だけでも、ぜひ使ってください。喜びます」
「いやいや。それも全て手配してくださったそうで、本当に申し訳ない──元はと言えば、私のせいなのに」
京助は沈痛な面持ちで陽葵に手を伸ばした、それだけ、びくりとしてしまったのはやはりトラウマだろうか。しかし優しく髪を撫でられ、陽葵は小さなため息とともに体の力を抜いた。
▲
「本当に済まなかった、陽葵。新奈があんな女だったとは──私の収入が目当てだったのかな、そんな裕福にしていたつもりはなかったんだが」
結婚相談所のプロフィールには、他にもっと高収入の男性はいくらでもいたように思う。
「まだ幼い君にも女親はいたほうがいいんじゃないかと思ったのが間違いだった。巡り合わせがなければそれはそれと思っていたがすぐに新奈と会うことになって、同じ女の子を育て、陽葵のこともよく褒め、認めてくれていたからすっかり信用してしまった。出会った頃は穏やかな女性だったんだ……取り返しがつかないと判っている、長きに渡り君を虐げ、昨日は目の前で乱暴される君に何もすることができなかった。謝って許されることじゃないと判っている、でも今まで父親として向き合ってこなかった時間を取り戻したい、チャンスをもらえないだろうか」
京助は一気に言うと膝を折ろうとした、土下座でもしようというのかと陽葵は慌てて止める。
「やめて、怒ってるとかそんなの、全然、ないから……」
先日尚登にも言ったように、淋しかっただけなのだ。亡き妻を忘れ新しい妻に夢中になってしまったのような父が、自分よりも新しい娘に夢中になってしまったような父が──。
「私も、やり直したい」
10年以上疎遠になっていた、今さながら父子の時間を持てたら嬉しい──京助に抱き着いていた、幼いころにしたきりだ、その時は腰に抱きつく形だったが今は同じくらいの身長だ。
「陽葵」
京助が抱き返すが、それは小さな子どもをあやすように背や頭をポンポンと叩くものだった。そんな仕草に陽葵の心がじわりと熱くなる、やはり父を嫌いになったわけではないのだ。
(また甘いって言われちゃうかな)
ちらりと尚登を見れば、尚登は優しく微笑み返してくれた。元より関係修復ができれば思っていたのだ、甘いなどと思うはずがない。
「お父さん、退院だって聞いたよ、大丈夫なの?」
体を離してから聞いた、京助は笑顔で答える。
「全然大丈夫だよ。今日も仕事はあるからね。午前中の仕事はキャンセルさせてもらったが、仕事道具だけでも取りに行きたいと先生に言ったら、帰ってよいと言ってもらえたくらいだ」
打撲も頬に一撃を受けた程度だ、事件性を臭わせたくなかったからだろう、擦過傷も軽い。
「私より陽葵の方が怪我は酷そうだが」
「全然だよ」
確かに手首は傷が残ってしまいそうだが、現に首の保護テープは既に外れた。
「本当に、尚登くんが来てくれなかったら今頃どうなっていたか」
京助は呟くように言う、改めてぞっとした、彼らは確実に殺人のために集まっていたのだ。
「お役に立てたならなによりです」
尚登は笑顔で応える。
「陽葵も、怖い思いをさせてしまって悪かったね」
京助に言われて陽葵は首を左右に振った、悪いのは継母だ、父が謝ることではないと思った。
つい先ほどだ、警察が病室に来て現状を知らせてくれた。
新奈は変らず事件を男たちのせいにしているという。だが男たちとの出会いや犯行の経緯は言うたびに変り、対して男二人の供述は共通し一貫しているので、新奈の嘘は明らかとみているようだ。