弊社の副社長に口説かれています
「陽葵たちに会った日だ、私が迂闊にも陽葵は元気かと聞いてしまったんだ、本当になぜそんなことをきいてしまったのか──それで気になって私の荷物を調べて尚登くんの名刺を見つけたらしい、すまない、全く気付かなかった」

それでか、と陽葵も尚登も合点がいった。仁志に連絡をしてきたのは、勝手に見つけた名刺を使ってだと判る。

「……むしろ、ごめん」

父を疑ったことを陽葵は謝った、当然京助には何のことなのか判らない。

「しかしそれで、なぜ史絵瑠と結びついたのか──全く謎だ」

京助は末吉商事のホームページで役員が顔写真入りで紹介されていることは知らない。

「私たちは史絵瑠と会ったことがあるから……そのあたりからかも?」

おそらくなにかのきっかけで尚登の話題になり陽葵とのことが判ったのだろうと想像できたが、そのあたりは警察の方では新奈本人からの供述と、探偵事務所が仕掛けた盗聴器で裏付けは取れていた。

尚登の依頼で捜査していた探偵が付けた盗聴器は、陽葵と京助が再会した翌日には外されている、尚登が捜査の終了を告げたためだ。
だがこれほどの事件が思い付きで行われたとは思えない尚登が、万が一にでもなにか証拠が残っていないかと探偵事務所に聞けば、幸いまだ初期化していなかったメモリに新奈と史絵瑠の会話が残っていた。探偵の盗聴は決して合法ではない、証拠としては使えないが資料として提出されたのだ。
陽葵も事件直後の聴取で伝えている、それも裏付けされた形になる。

「それで陽葵たちを殺そうとするなんて、ガチであたおかだろ」

尚登は陽葵を抱きしめ言った、陽葵も本当だねと抱きしめ返す。

「でもそれも、まずはお義父さんだけにお会いしたのが間違いだったかもしれません、申し訳ありません」

最初から一家総出で会ってしまえばまた違う結果があったかもしれないと尚登が謝れば、京助はいやいやと手を振った。内緒にしておいてくれと言われたのに陽葵の安否を聞いたのが、本当にいけなかったのだ。

犯行の計画は自宅でなされたと男たちは言うが、さすがにそれは盗聴器を外した後のことだった、合法ではないとはいえ残っていればと警察は臍を噛んだ。

男たち曰く、新奈とは立ち飲み屋で知り合った仲だという。数年前から親しくしているが、犯行の3日前に殺害を手伝ってほしいと依頼されたのだ。
家に招かれ、いかに自殺のように殺せるか話し合った。その会話が録音されていないかと警察は期待したが、それは外されたあとだった。
できるだけ手は汚さずにという新奈の依頼に、男たちは山で首でも絞めればいいと言ったが遺体はすぐに見つかって欲しいと新奈は言った。海で船から突き落とすかと言えば、それは駄目だと渋い顔をした。前夫が同様の事故で死んだことを男たちは知らなかった。

前夫については警察は調べ直すつもりだという。事故だったのは間違いないのだが、こんなことがあれば疑われてしまうものだ。前夫の時は警察は現場検証くらいで済ませている、本格的に自殺か他殺の可能性はないかと調べたのは保険会社だった。
1年前から沖釣りにハマった前夫は、週末になると釣りに出かけていた。始めた頃からライフジャケットの着方が甘く周囲が散々注意するのだが、その日もそれが災いした。足を滑らせ海へ転倒してしまった。当然すぐに乗員が救助のために動いたがライフジャケットが脱げた前夫は波の狭間に消えてしまったのだ。
前夫には、会社と自ら入った生命保険があった、そうして得た8千万もの金が、新奈を狂わせた。

「──人は、金のためならここまで悪魔になれるのか」

京助はため息交じりに言った。

「お金?」

それは末吉商事の御曹司への輿入れということかと思い陽葵が聞けば、京助は頭を掻きながら再度ため息を吐く。

「生命保険だ。私と陽葵、合わせて2億5千万だよ」
「2億……!?」

けた違いの受取額に声が上がってしまう。

「君が生命保険会社に入ったからその実績のためにと契約したものだ、そう安くない保険料で」
「──もし、今回の計画まで含んでだったら、本当に悪魔ですね」

思わず尚登が言えば、京助は頭を抱えベッドに座り込んだ。

「……昨日は朝も早くから人が来てね、新奈が応答したんだが入って来たのがあいつらで、新奈の姿を確認する前に私は殴られてグルグル巻きにされて風呂場に放り込まれて──新奈が陽葵を連れて来るまで、本当に新奈の心配をしていたんだ、本当に……玄関で殺されてしまったんじゃないかとか、どこかへ連れて行かれてしまったのかと……!」

陽葵が連れてこられた時、首謀者が新奈だと初めて知った。目の前で乱暴される娘とそれを面白おかしく見ている新奈に、最悪の事態が起きているのに何もできない自分が情けなかった。

「……お父さん……」

陽葵は京助の隣に座りその背をさすった、いつの間にやら小さくなった背中だった。

「でも、どうしてそんなにお金が要るんだろう?」

陽葵は率直な疑問を口にした。陽葵の大学4年間の授業料や生活費を着服し、史絵瑠からも融通してもらっているようだ、何に使っているというのか。

「さあな、そればかりは本人に聞かないと」

京助は眉間を揉みながら答えた。

「──本当に私は、なんだったんだろうな」

京助は淋しそうにつぶやいた。未練もなく別離を選んだ史絵瑠といい、家族だと思っていたのは京助だけだったようだとここへ来て判った。
揺れる背を撫でながら、陽葵は思う。継母は父の前では完璧な「いい嫁」「いい母」だったのだろう、でなければこんなに長く騙せるはずがない。

「代償は小さくないですが、本性が判ってよかったと思えばいいんじゃないんでしょうか」

尚登の言葉に京助は頷いた、陽葵もだ。
命があったからこそ言えるのだが。
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