弊社の副社長に口説かれています
15.史絵瑠の罪と罰
翌日は日常が戻り、二人揃って出勤した。
コートを脱いだ陽葵を見た山本がわざとらしく口元を手で覆い、微笑む。
「副社長はそんなに激しいプレーをなさるんですね」
は?と陽葵と尚登の声が重なる。
「両手首に包帯が。何をなさったんですか」
「やだ! 違います!」
「ち・が・う!」
二人揃って叫ぶ、仕方がない、事件のことを打ち明けるわけにはいかないのだ──継母に襲われたなど──山本は今度は目を手で覆って天井を見上げた。
「そうなんですかあ? じゃあそういうことにしておきますけどぉ。今度からは傷が残らないようなプレーにしてくださいねえ」
「マジ、違うから!」
尚登は必死に否定するが、山本ははいはいくらいで仕事に戻ってしまう。
陽葵はせめて包帯は外しておこうと思うが、保護テープの下はまだ赤黒い傷が残っている、しかもあるのは手の甲側で目立つ、困ったと思いながらせめてとブラウスの袖口を延ばして隠した。
「陽葵は今日も休め、って陽葵を一人にするのは不安だ、俺も休」
「休ませませんよ、副社長は決済の書類が山ほどあります、それが終わってからではなければ帰らせません」
山本はにこりと微笑み尚登の机に積まれた書類を叩いた、厚さ5センチほどにもなる山を見て尚登はげんなりする。
まもなく昼休みという頃、尚登が執務室で仕事をしていると開け放たれていたドアがノックされ、皆の視線が注がれた。ひょこと顔を出していたのは、尚登の母、希美だ。
「お母さん……! 何しに来た」
ややトゲのある尚登の声に、希美はぷくんと頬を膨らませる。
「母に向かって何しにとはご挨拶ねえ」
山本がすぐに席から立ち上がり深々と会釈した、予定のない来訪で受付からも連絡はなかったがそれを咎める気はない。陽葵も山本に倣い頭を下げた。
「社内で尚登がよからぬ性癖があるって噂になってるって言うから、それはいかんと思って」
にこにこと吐かれる言葉に、尚登は大きなため息をついた。
「誰から聞いたよ」
「お父さんに決まってるでしょ」
尚登は嫌そうな顔で再度ため息を吐く、その噂がどこからどこまで広がっているかは知らないが、山本のようにはっきりと言ってくれれば否定もできるのに。
希美は軽やかな足取りで陽葵に近づいた。噂の原因が手首の怪我にあることを察し、陽葵は右手で左手の手首を覆うが何の意味もない。
「傷跡も残るかもって尚登から聞いてるわ、よかったらこれ、使えないかなと思って持ってきたんだけど」
小さな紙袋に持ってきた布を取り出し陽葵に差し出した、カフスにプリーツが縫い付けられたものだ、バニーガールが手首に付ける装飾を思えば判りやすい。
「付け袖とかいうのよ。私のお古で悪いんだけど隠すのにちょうどいいかなと思って」
「付け袖、ですか」
付け袖にあるボタンを外し、陽葵に手を差し出した。陽葵もおずおずとしながらも手を出せば、希美はブラウスの袖のボタンを外してカフスを着せる。
「ん、かわいい」
手の甲全てをプリーツ部分が覆う仕様だ、陽葵もかわいいと思った、持ち上げるとひらりと落ちる様がいい。
「どう? 尚登?」
希美が聞けば、尚登はふんと鼻を鳴らす。
「陽葵はいつでもかわいい」
惚気のような言葉に、希美ははいはいと答えて終わりだ。
「他にも何枚か持ってきたから、よかったら使ってね」
希美が差し出す紙袋を陽葵は受け取る、中には二組の付け袖が入っている。
「ありがとうございます、あのお礼を……」
「気にしないで、お古だもの。活用してもらえたら嬉しいわ」
嬉々として言う希美に、陽葵は深々と頭を下げた。
「さて、そろそろご飯でしょ。一緒に行きましょ!」
「親父と行けよ」
尚登は書類から目を離さずに言う。
「えーっ、陽葵ちゃんと食べるつもりで来たのよ、いろいろお話も聞きたいし。ね、いいでしょ?」
言われて陽葵は頷きかけたが、尚登はなおも冷たい。
「冗談じゃねえ、山本さんと行け」
押し付けられた山本は小さく手を振り辞退する、さすがに社長夫人と共に食事を摂る理由がない。
その間に尚登は内線電話をかける、もちろん父、仁志宛だ。
「おふくろ来てて、邪魔」
要件だけを伝えて切ってしまう。
「邪魔って!」
憤慨する希美の背後に、仁志の女性秘書が現れた。
「こちらにいらしてたんですか」
受付には夫に会いに来たと伝えていたのだ、受付から連絡を受けた仁志が来ないなとぼやいていたところだ。
「もう、尚登! 今度、絶対陽葵ちゃんとお出かけするんだからね!」
怒りながらも秘書についておとなしく出て行った、そんな様子を見て山本が笑い出す。
「陽葵さんの怪我は副社長の性癖じゃなかったんですね」
「当たり前だ」
尚登は不機嫌に言うが山本はそれ以上は聞かなかった、言わないということは聞かれたくないことだと理解している。
「悪いな、陽葵。うちの母親、人懐っこいんだよ」
尚登に言われ陽葵は笑顔で首を左右に振っていた、先日会った様子からも判る。
「陽葵を可愛いって愛でるのは俺だけでいいのに」
怒りながらの言葉に、山本は呆れ、陽葵は頬を染めるばかりだ。山本の前とはいえそんなことを言われるのはちょっと恥ずかしい。
コートを脱いだ陽葵を見た山本がわざとらしく口元を手で覆い、微笑む。
「副社長はそんなに激しいプレーをなさるんですね」
は?と陽葵と尚登の声が重なる。
「両手首に包帯が。何をなさったんですか」
「やだ! 違います!」
「ち・が・う!」
二人揃って叫ぶ、仕方がない、事件のことを打ち明けるわけにはいかないのだ──継母に襲われたなど──山本は今度は目を手で覆って天井を見上げた。
「そうなんですかあ? じゃあそういうことにしておきますけどぉ。今度からは傷が残らないようなプレーにしてくださいねえ」
「マジ、違うから!」
尚登は必死に否定するが、山本ははいはいくらいで仕事に戻ってしまう。
陽葵はせめて包帯は外しておこうと思うが、保護テープの下はまだ赤黒い傷が残っている、しかもあるのは手の甲側で目立つ、困ったと思いながらせめてとブラウスの袖口を延ばして隠した。
「陽葵は今日も休め、って陽葵を一人にするのは不安だ、俺も休」
「休ませませんよ、副社長は決済の書類が山ほどあります、それが終わってからではなければ帰らせません」
山本はにこりと微笑み尚登の机に積まれた書類を叩いた、厚さ5センチほどにもなる山を見て尚登はげんなりする。
まもなく昼休みという頃、尚登が執務室で仕事をしていると開け放たれていたドアがノックされ、皆の視線が注がれた。ひょこと顔を出していたのは、尚登の母、希美だ。
「お母さん……! 何しに来た」
ややトゲのある尚登の声に、希美はぷくんと頬を膨らませる。
「母に向かって何しにとはご挨拶ねえ」
山本がすぐに席から立ち上がり深々と会釈した、予定のない来訪で受付からも連絡はなかったがそれを咎める気はない。陽葵も山本に倣い頭を下げた。
「社内で尚登がよからぬ性癖があるって噂になってるって言うから、それはいかんと思って」
にこにこと吐かれる言葉に、尚登は大きなため息をついた。
「誰から聞いたよ」
「お父さんに決まってるでしょ」
尚登は嫌そうな顔で再度ため息を吐く、その噂がどこからどこまで広がっているかは知らないが、山本のようにはっきりと言ってくれれば否定もできるのに。
希美は軽やかな足取りで陽葵に近づいた。噂の原因が手首の怪我にあることを察し、陽葵は右手で左手の手首を覆うが何の意味もない。
「傷跡も残るかもって尚登から聞いてるわ、よかったらこれ、使えないかなと思って持ってきたんだけど」
小さな紙袋に持ってきた布を取り出し陽葵に差し出した、カフスにプリーツが縫い付けられたものだ、バニーガールが手首に付ける装飾を思えば判りやすい。
「付け袖とかいうのよ。私のお古で悪いんだけど隠すのにちょうどいいかなと思って」
「付け袖、ですか」
付け袖にあるボタンを外し、陽葵に手を差し出した。陽葵もおずおずとしながらも手を出せば、希美はブラウスの袖のボタンを外してカフスを着せる。
「ん、かわいい」
手の甲全てをプリーツ部分が覆う仕様だ、陽葵もかわいいと思った、持ち上げるとひらりと落ちる様がいい。
「どう? 尚登?」
希美が聞けば、尚登はふんと鼻を鳴らす。
「陽葵はいつでもかわいい」
惚気のような言葉に、希美ははいはいと答えて終わりだ。
「他にも何枚か持ってきたから、よかったら使ってね」
希美が差し出す紙袋を陽葵は受け取る、中には二組の付け袖が入っている。
「ありがとうございます、あのお礼を……」
「気にしないで、お古だもの。活用してもらえたら嬉しいわ」
嬉々として言う希美に、陽葵は深々と頭を下げた。
「さて、そろそろご飯でしょ。一緒に行きましょ!」
「親父と行けよ」
尚登は書類から目を離さずに言う。
「えーっ、陽葵ちゃんと食べるつもりで来たのよ、いろいろお話も聞きたいし。ね、いいでしょ?」
言われて陽葵は頷きかけたが、尚登はなおも冷たい。
「冗談じゃねえ、山本さんと行け」
押し付けられた山本は小さく手を振り辞退する、さすがに社長夫人と共に食事を摂る理由がない。
その間に尚登は内線電話をかける、もちろん父、仁志宛だ。
「おふくろ来てて、邪魔」
要件だけを伝えて切ってしまう。
「邪魔って!」
憤慨する希美の背後に、仁志の女性秘書が現れた。
「こちらにいらしてたんですか」
受付には夫に会いに来たと伝えていたのだ、受付から連絡を受けた仁志が来ないなとぼやいていたところだ。
「もう、尚登! 今度、絶対陽葵ちゃんとお出かけするんだからね!」
怒りながらも秘書についておとなしく出て行った、そんな様子を見て山本が笑い出す。
「陽葵さんの怪我は副社長の性癖じゃなかったんですね」
「当たり前だ」
尚登は不機嫌に言うが山本はそれ以上は聞かなかった、言わないということは聞かれたくないことだと理解している。
「悪いな、陽葵。うちの母親、人懐っこいんだよ」
尚登に言われ陽葵は笑顔で首を左右に振っていた、先日会った様子からも判る。
「陽葵を可愛いって愛でるのは俺だけでいいのに」
怒りながらの言葉に、山本は呆れ、陽葵は頬を染めるばかりだ。山本の前とはいえそんなことを言われるのはちょっと恥ずかしい。