弊社の副社長に口説かれています
☆
週末は尚登と都内にある浜離宮恩賜公園を訪ねた。日も暮れかかり寒さが身に染みる時間になって公園を後にする。少し早いがどこかで夕飯を摂ってから帰宅することにした、調べれば新橋駅の西側に飲食街があり、そちらへ向かいどこに入ろうかと悩んでいたが──なぜ会ってしまうのか。
「え、お姉ちゃん!?」
史絵瑠の元気な声が背後からした、振り返れば史絵瑠は年配の男性と腕を組んでいる、今なら判る、パパ活の客だ。
呼びかけに尚登と共に反応してしまったことを陽葵は後悔した、顔が引きつるのを自覚する。耳元で尚登の派手に舌打ちが聞こえた。
「あら、ごめん、もうお姉ちゃんじゃなかった、ね、陽葵サン」
悪びれた様子もない声と態度──史絵瑠は確かに犯罪に関与したわけではない、それでも尚登の陽葵の肩を抱く手に力が入る。
「へえ、リマちゃんのお姉さん? かわいいねえ」
史絵瑠と腕を組む男性が笑いながら言う、どうしてこの手の者は上から下まで嘗め回すように見るのだろうかと陽葵は不快に感じた、少しでも隠れようと尚登に身を寄せる。
「それがもう姉じゃないのよ、両親が離婚しちゃったから」
にこにこと微笑み言う、新奈の罪を知らないわけでなないだろうに──。
「ああ、そうだったね。だから僕たちは会う時間が増えてシアワセなんだ」
要は史絵瑠は求めていたものは得られたということだ、陽葵と住むと嘘をついてまで家を出たかったのだから。
史絵瑠は京助が不在の昼間のうちに川崎の家の荷物は運び出していた。レンタル倉庫を借りとりあえずそこへ入れたのだが、多くは衣服などの日用品ばかりだ。母親の物も同様で、大型の家具などは残したまま、あとは適当に処分してくれて構わないと京助の事務所を訪ね鍵を返しに来て告げた。
両親は既に離婚が成立している、史絵瑠はお世話になりましたと深々と頭を下げていなくなった。どこへ行くんだ、これからどうするんだという京助の問いには答えなかった。学費は払うから卒業だけはしてほしいと告げれば、はいはいと応えたという。
「まあ私たちは今までどおり仲良し姉妹で、と言いたいところだけど、そんな気はないんでしょ、特にカレシさんは」
挑発的に微笑みながらの言葉を、尚登はふんと鼻を鳴らして答えに変えた。
「おやおや、かわいいリマちゃんが嫌われてるなんて」
自分たちは仲がいいといいたいのか、男は史絵瑠を抱き寄せ髪にキスをする、史絵瑠は嬉しそうに声を上げて笑った。母親が逮捕され、継父からも離縁されて大変ではと思うがそうでもないようだ。
史絵瑠は満面の笑みで別れを告げる。
「会えてよかった、元気そうな様子も見れたし、幸せそうな様子もね。ふふ、そんな怖い顔しないで、今度見かけても声はかけないわよ、今日はなんか、ついね」
じゃあねと言うと、男と二人寄り添い去っていく、その後ろ姿を見送り尚登はふんと鼻息も荒く言葉を発する。
「やっぱり一発くらいぶん殴らねえと気が済まねえ」
尚登の不穏な言葉に、陽葵は本気でないことは判りつつも慌てて答える。
「やめて、尚登くんに殴られたらただじゃ済まなそう」
男たちをのした腕前は手加減しても健在だろう。
「マジ、あの女もなんかの罪で捕まりゃいいのに」
苦々しい顔で言う尚登に、陽葵はそんなことをたしなめた。
「もう関わることもなさそうだし、放っておいたらいいよ」
離婚し別離した新奈と史絵瑠の情報はほぼ入ってこない。新奈の取り調べの様子は時折警察から連絡があるが、泣くばかりで未だ反省を見せていないということくらいだ。史絵瑠に関しては全く元義父を頼る様子すらない。少なくとも史絵瑠は、もう他人になったということなのだろう。
陽葵の冗談めかした言葉に、尚登はやれやれと言いたげにため息を吐いた。
「陽葵は恨んでいいんだぞ、優しすぎんだよ、まあそこがいいとこと言えばそうなんだが」
陽葵を抱きしめ歩き出す、陽葵は笑顔で尚登の腰に腕を回した。
恨んでいないことはない、過去は消せない。しかし思い出を上回るだけの幸せが今はあると実感していた。
だが、事件は起きた。翌週の金曜日だった。会社から帰るとすぐにインターフォンが鳴り尚登が応答する。
「は? 警察?」
大きな声になり、キッチンにいる陽葵を見た。新奈の関連かと陽葵は頷き、急ぎ買ってきた食材を冷蔵庫に押し込めた。
やってきたのは10人ほどの男女だった、制服ではない私服刑事などいうものだろうか。
「夜分に申し訳ありません、警視庁の羽沢と申します」
警察手帳を見せながら自己紹介する、全員が同じ動作で手帳を見せるが当然見ることなどできない、家主である陽葵が頷いた、名乗りが警視庁であることには気づけなかった。
「酒井史絵瑠さんが覚せい剤の使用と所持で逮捕され、関係先を捜査させていただいております。お義姉さまである藤田陽葵さんも協力をお願いいたしたく参りました」
酒井という姓に一瞬首を傾げたのは尚登だ、陽葵にしてもこの時初めて史絵瑠が以前の姓に戻したのだと知った。
それよりも覚せい剤と逮捕という単語に驚いた、呆然としてしまう陽葵に代わり、尚登が声を上げる。
「陽葵はずいぶん長いこと家族と離れて暮らしてました、この家に家族が来たこともありません。先日ご両親も離婚もしていますし、ほぼ他人だと思いますけど」
週末は尚登と都内にある浜離宮恩賜公園を訪ねた。日も暮れかかり寒さが身に染みる時間になって公園を後にする。少し早いがどこかで夕飯を摂ってから帰宅することにした、調べれば新橋駅の西側に飲食街があり、そちらへ向かいどこに入ろうかと悩んでいたが──なぜ会ってしまうのか。
「え、お姉ちゃん!?」
史絵瑠の元気な声が背後からした、振り返れば史絵瑠は年配の男性と腕を組んでいる、今なら判る、パパ活の客だ。
呼びかけに尚登と共に反応してしまったことを陽葵は後悔した、顔が引きつるのを自覚する。耳元で尚登の派手に舌打ちが聞こえた。
「あら、ごめん、もうお姉ちゃんじゃなかった、ね、陽葵サン」
悪びれた様子もない声と態度──史絵瑠は確かに犯罪に関与したわけではない、それでも尚登の陽葵の肩を抱く手に力が入る。
「へえ、リマちゃんのお姉さん? かわいいねえ」
史絵瑠と腕を組む男性が笑いながら言う、どうしてこの手の者は上から下まで嘗め回すように見るのだろうかと陽葵は不快に感じた、少しでも隠れようと尚登に身を寄せる。
「それがもう姉じゃないのよ、両親が離婚しちゃったから」
にこにこと微笑み言う、新奈の罪を知らないわけでなないだろうに──。
「ああ、そうだったね。だから僕たちは会う時間が増えてシアワセなんだ」
要は史絵瑠は求めていたものは得られたということだ、陽葵と住むと嘘をついてまで家を出たかったのだから。
史絵瑠は京助が不在の昼間のうちに川崎の家の荷物は運び出していた。レンタル倉庫を借りとりあえずそこへ入れたのだが、多くは衣服などの日用品ばかりだ。母親の物も同様で、大型の家具などは残したまま、あとは適当に処分してくれて構わないと京助の事務所を訪ね鍵を返しに来て告げた。
両親は既に離婚が成立している、史絵瑠はお世話になりましたと深々と頭を下げていなくなった。どこへ行くんだ、これからどうするんだという京助の問いには答えなかった。学費は払うから卒業だけはしてほしいと告げれば、はいはいと応えたという。
「まあ私たちは今までどおり仲良し姉妹で、と言いたいところだけど、そんな気はないんでしょ、特にカレシさんは」
挑発的に微笑みながらの言葉を、尚登はふんと鼻を鳴らして答えに変えた。
「おやおや、かわいいリマちゃんが嫌われてるなんて」
自分たちは仲がいいといいたいのか、男は史絵瑠を抱き寄せ髪にキスをする、史絵瑠は嬉しそうに声を上げて笑った。母親が逮捕され、継父からも離縁されて大変ではと思うがそうでもないようだ。
史絵瑠は満面の笑みで別れを告げる。
「会えてよかった、元気そうな様子も見れたし、幸せそうな様子もね。ふふ、そんな怖い顔しないで、今度見かけても声はかけないわよ、今日はなんか、ついね」
じゃあねと言うと、男と二人寄り添い去っていく、その後ろ姿を見送り尚登はふんと鼻息も荒く言葉を発する。
「やっぱり一発くらいぶん殴らねえと気が済まねえ」
尚登の不穏な言葉に、陽葵は本気でないことは判りつつも慌てて答える。
「やめて、尚登くんに殴られたらただじゃ済まなそう」
男たちをのした腕前は手加減しても健在だろう。
「マジ、あの女もなんかの罪で捕まりゃいいのに」
苦々しい顔で言う尚登に、陽葵はそんなことをたしなめた。
「もう関わることもなさそうだし、放っておいたらいいよ」
離婚し別離した新奈と史絵瑠の情報はほぼ入ってこない。新奈の取り調べの様子は時折警察から連絡があるが、泣くばかりで未だ反省を見せていないということくらいだ。史絵瑠に関しては全く元義父を頼る様子すらない。少なくとも史絵瑠は、もう他人になったということなのだろう。
陽葵の冗談めかした言葉に、尚登はやれやれと言いたげにため息を吐いた。
「陽葵は恨んでいいんだぞ、優しすぎんだよ、まあそこがいいとこと言えばそうなんだが」
陽葵を抱きしめ歩き出す、陽葵は笑顔で尚登の腰に腕を回した。
恨んでいないことはない、過去は消せない。しかし思い出を上回るだけの幸せが今はあると実感していた。
だが、事件は起きた。翌週の金曜日だった。会社から帰るとすぐにインターフォンが鳴り尚登が応答する。
「は? 警察?」
大きな声になり、キッチンにいる陽葵を見た。新奈の関連かと陽葵は頷き、急ぎ買ってきた食材を冷蔵庫に押し込めた。
やってきたのは10人ほどの男女だった、制服ではない私服刑事などいうものだろうか。
「夜分に申し訳ありません、警視庁の羽沢と申します」
警察手帳を見せながら自己紹介する、全員が同じ動作で手帳を見せるが当然見ることなどできない、家主である陽葵が頷いた、名乗りが警視庁であることには気づけなかった。
「酒井史絵瑠さんが覚せい剤の使用と所持で逮捕され、関係先を捜査させていただいております。お義姉さまである藤田陽葵さんも協力をお願いいたしたく参りました」
酒井という姓に一瞬首を傾げたのは尚登だ、陽葵にしてもこの時初めて史絵瑠が以前の姓に戻したのだと知った。
それよりも覚せい剤と逮捕という単語に驚いた、呆然としてしまう陽葵に代わり、尚登が声を上げる。
「陽葵はずいぶん長いこと家族と離れて暮らしてました、この家に家族が来たこともありません。先日ご両親も離婚もしていますし、ほぼ他人だと思いますけど」