弊社の副社長に口説かれています
刑事は頷く、既に史絵瑠本人の自供もあり、ある程度調べはついているのだが。

「史絵瑠さんの携帯を調べたところ、ごく最近までお義姉さまと連絡を取っておりましたので、念のためです、ご協力くださると嬉しいです」
「念のためって……」

なおも食い下がる尚登を、陽葵が止めた。

「別に後ろ暗いことはないし、いくらでも調べてもらお」

言ったはいいが、後悔したのは尚登まで疑われている様子を見てだ。二人は部屋の対角の隅になる場所で別々に事情を聞かれた。身元確認の際にかすかに、末吉の、という声が聞こえ、陽葵の心臓がドクドクし始める、これで会社に、高見沢家に迷惑がかかるようなことになれば顔見せができない。

「令状はないのですが、お嫌でなければ所持品も見せていただけると助かります」

低姿勢ながらの言葉に陽葵は素直にはいと返事を返す、拒絶して疑われたくはなかった。

リーダーらしき刑事の無言の指示に十人もの警察官は慣れた様子で室内を物色し始める。覚せい剤などの隠し場所など定番があるのだろうか、あそこだここだという指示は迷いがなく、言われた者たちもまっすぐそこへ行き引き出しを改め、小物の蓋を開け中を確認する。二人の手荷物は目の前で確認された。化粧ポーチを開け、紅筆のキャップまで取って確認する様に徹底ぶりが判る。二人いる女性刑事のうちの一人がその作業をしていた。暴漢に襲われた時同様、女性の対象者には女性の警官が寄り添うのだろう。

「妹さんと会ったのは、いつが最後ですか?」
「えっと、川崎の喫茶店で会いました」

待ち合わせをした日を思い出しながらスマートフォンを操作し、その約束したメッセージを見せた、刑事はそれを見て「ふむ」と呟く。

「当然ですが義妹(いもうと)さんのやりとりと同じですね、念のため録画させてもらっていいですか? あとお嫌でなければ友達の一覧と、ご利用になられているアプリも。念のためです、捜査が終わり次第消去しますので」
「はい、構いません」

隣に座っていた別の刑事が小さな録画の機械を使ってその画面を撮影し始めるの見て、陽葵は、はたと思い出した。

「あ、そういえば日曜日にも会いました」

途端に刑事の目がきらりと光る、瞬間まずいことを言ったかと焦った。

「あの、いえ、偶然ばったりとで、約束とかしていたわけではなく、挨拶だけで別れています」

慌てて手を振りながら自分に非がないことを訴える。

「新橋の繁華街です、私は浜離宮で彼とデートした帰りで、史絵瑠は男性と歩いてました」

刑事より先んじて言えば、刑事はうんうんと頷く。

「その男に心当たりは?」
「すみません、判りません、史絵瑠の交友関係は……」

パパ活の件は話してもいいのだろうかと思いながらも口をつぐんだ。

「本当に何年も家族とは音信不通といっていい状態で、史絵瑠と会うようになったのも、つい先日たまたま目黒で偶然会って、懐かしいねとここ何日かで何回かでだけなんです」

そうだと一番最初に取り合ったメッセージを見せた、それより以前にはないのだ、信じて欲しいと願う。
それを見て改めて思った、この短い間にたくさんのことがあった。史絵瑠との再会は不本意だったが、その後尚登に会ったのは本当の偶然だ。それが今は一緒に暮らしているなど、あの日の自分には想像できなかっただろう。危ない目にも遭ったが、尚登の意外な一面も知ることができた、それもこれもあの日史絵瑠に会っていなかったらなかったことだ。
改めて史絵瑠には感謝を──尚登は甘いと怒るだろうが、本当にそう思った時、刑事は画面を見て「ああ、はいはい」と頷き、その画面も撮影していく。

「お顔だけでも覚えていると助かるのですが……この中に該当する方はいますか」

言って刑事は懐から出したL版サイズの写真を複数枚、陽葵に差し出した。フェイクのものも混じっているが、ラブホテルのものはフロントやエレベーターについていた防犯カメラのものだが、画質はとても荒く人の顔などほぼ判らない。

「えっと……多分、この人……かな……でも違っていたら」

髪型や服装などの雰囲気から選んだが、これで別人を犯人にしてしまうことになったらと焦る。刑事はにこりと微笑んだ。

「大丈夫ですよ、ホテルに入った人物自体はホテルスタッフに確認が取れています。行動を共にしていた者が判ればという確認です」

その言葉にほっとした。

「あの、彼の方がこういうのは得意かもしれません」

尚登の背を示して言えば、そばにいた別の刑事が頷きそれを持って尚登の方へ行く。

「日曜日は、その後二人がどこへ向かったか判りますか?」
「すみません、判りません。私たちは食事ができる場所を探して歩き回っていたので、史絵瑠たちどこへ向かおうとしていたかなんて、まったく気にしていなくて」

漠然と自分たち同様、食事をしようとしていたのだと思っていたような気がするが。

「それは何時頃ですか?」
「えっと、確か16時頃だったと……あ、浜離宮で撮った写真でだいたい判るかもです」

一番最後に撮影した尚登の横顔の写真を出し、撮影の情報を出して見せた、午後4:25ある。そこからゆっくり歩きその場所へ向かった、17時ころになるだろうか。刑事は頷いた、史絵瑠がホテルに入ったのもその頃だと確認が取れている。

それからも聴取は続いた。
化粧ポーチに予備で入れていた頭痛薬など封に変なところがないかなど、光に透かし軽く押すなど何度も確認していた。それは救急箱の薬も同様で、他にも調味料や化粧品まで中身を出してまで確認している。いくつか怪しいと思われるものでもあったのか、テレビでよく見る試薬で検査もされ、陽葵はどこか他人事のように感じながらそれを見ていた。
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