弊社の副社長に口説かれています
「じゃあ、決めたら副社長には社内メールでお知らせしますね!」

三宅は二人のやりとりを無視して明るい声で言った。

「え、そん……っ!」
「ありがとうございます、大事な社用ですからね」
「超私用じゃないですか!」
「陽葵ちゃんには、夜にでもメッセージ送るからね~」
「三宅さん!」

経理部がある20階に到着し、三宅は「じゃ!」と手を上げエレベーターを降りていく、それを尚登は上機嫌な笑顔で手を振り見送った。

「よう、陽葵、毛嫌いすんじゃねえよ」

エレベーターが動き出すと途端に態度と口調を変え、陽葵の体を体で壁に押し付ける。肘を壁についてる分隙間はあるが、逃がすまいと陽葵の足の間に足をねじ込ませまでした。

「えっ、ちょ……っ、やめてくださいっ」
「なーんで三宅さんと一緒じゃダメなんだよ」
「尚登くんこそ、なんで三宅さんと行きたがるんですかっ」
「さっき言ったろ、陽葵のこと、聞きたい」
「そんなのいいじゃないですかっ、過去は過去、今は今です!」

離せと暴れるが、動けばスカートが捲れあがってくる、慌てて動きを止めた。

「もうっ、離してくださいっ」
「素直に三人でスイーツバイキングに行くって言うなら離してやる」
「ヤダって言って……っ!」
「じゃあ、三宅さんと二人で行く」
「そんなの駄目に決まってるじゃないですか!」
「んだよ、三宅さん誘うなはやきもちか? かわいいとこあるじゃん」

そんなことを言って身を屈めた気配に危機を察し、陽葵は尚登の口を両手の手の平で覆った。

「やきもちじゃないし、みんな見ているからやめてください!」
「誰も見てねえよ、手ぇどけろ」

言って陽葵の手首を掴み壁に押し付ける、完全に固定され陽葵は焦る。

「見てなくても聞こえてますから!」

現に残っている者たちは揃って肩を揺らしている、笑っているのは明らかだ。

「もう、どいてくださいーっ!」

もがくが、男女の力の差は歴然だ、びくともしない。

「キスしてくれたら退く」

とんでもないことを意地の悪い笑みで言う。

「何を言って……ここをどこだと思ってるんですか!」
「当社のエレベーターん中」
「そんなとこでキスなんかできないです!」

それでも尚登は顔を近づけてくる、弓なりになった瞳に状況を楽しんでいることがよく判る。

「尚登くん!」
「じゃあ、家に帰るまでお預けか? それでもいいけど、キスだけじゃ済ませねえよ?」
「そんなのいつものことじゃないですか!」

言ってしまいはっとする、皆の耳がこちらに向いているのが判る。

「もう! 誰か助けてください!」

思わず助けを求めて叫べば、一人がこちらも見ずに声を上げてくれた。

「副社長、奥様相手とはいえいかがなものでしょう。嫌がっている相手にするのはセクハラですよ」

総務課の課長だった、その言葉に陽葵は大いにうなずく。

「おおハラスメントか、それは困ったな、会社クビになっちまう、まいっか、願ったり叶ったりだ」

嬉しそうな声に陽葵は焦る、尚登は本当に会社を辞めるつもりなのだ。その理由の如何などないらしい。

「俺ひとり養うくらいの給料出てんだろ、陽葵のヒモになろ、よろしくな」
「なんでですかぁ!」
「家事は任せろ」

確かに暮らしていて判る、尚登は家事全般完璧だ、だからといってと陽葵は首を左右に振る。

「んで、どうせセクハラでクビになるなら、きちっと既成事実は残してからな。ほら陽葵、顔上げろ」
「やーでーすーっ」

押しても駄目なら引いてみなを実践した、尚登のジャケットを掴み胸に額を押し付ける、こんなところでキスなど、本当に冗談ではない。

「意外ですね、副社長がそのような方だったとは」

総務課課長の声がする、それに賛同して皆が頷く気配も判った。陽葵も確かにと思う、副社長としての尚登は優等生に見えたが、素の尚登はまるで奔放なわんぱく坊主だ。

「ああ、いつもは猫被ってるんですよ、これでも副社長だし、好き勝手やるといろいろ面倒だし、上からもうるさいし。地はこんなもんです」

それは副社長としての仮面だろうか、その仮面を外してくれたのはいつだったろう。それは陽葵の前では飾りたくないという気持ちの現われか、ならば嬉しいと思った陽葵の心を読み取ったのか。
尚登は体を密着させ、陽葵の髪に鼻を埋めた。キスをされるよりははるかにいいが、髪の香りを嗅がれるのは少し恥ずかしい。もがいてみせるが膂力の差は歴然だ、まるで小さな猫になった気持ちになる。

ほぼ各階停まりのエレベーターで少しづつ人が減っていく、28階で総務の者が降り二人きりになると尚登はようやく陽葵を解放した。
コントロールパネルの前へ移動しようとした陽葵を尚登は二の腕を掴み捕らえる。軽い力で引かれ陽葵は尚登の腕の中に落ちた。背を壁に押し付けられ顎に指がかかり上向きにされる、駄目と言う間に口を塞がれ舌をねじ込まれた。
皆が降りた隙にとは──いけないと思いながらも尚登の背に手を回していた、キスをされて嫌なわけがない。監視カメラの存在は気になったが、心地よさが勝っていた。
30階に到着したことを電子音が知らせてくれる、完全に停まってから尚登はもったいぶって離れた。

「今日一日頑張れそ」

濡れた唇で投げキッスまでする、そんな仕草が憎らしいほど色っぽく、陽葵は慌てて俯いた。できればずっと二人きりでいたいなどという願望を読まれたくなかった。
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