弊社の副社長に口説かれています
『で、誰が来るって?』
『日本に行ってみたかったなんて言ってたから嬉しそうに行ったぜ! じゃあ、仲良くやれよ~』
『は? だから誰が来るのか教えろって──』
だが通話は虚しく切れた、尚登は大きなため息を吐いてスマートフォンの電源を落とし放り出す。その時陽葵の肩が揺れていることに気づいた、尚登の慌てる様子がかわいくておかしかったのだ。
「悪いな、起こしたな」
「ううん、平気」
冬の朝で窓の外はまだ真っ暗だが、もうひと眠りするにはいかがなものかという時間だ。
「変わらず元気だね」
「ああ、聞こえたか」
セオドアは確かに声が大きいほうだ。
「直接話せばまだ言葉を遮ってまくし立てることもできるのに」
電話では通話のタイムラグある、こちらが何か言っても完全に無視だ。
「コーチを紹介してくれたはいいが、誰なのかいつまでなのかも言いやしねぇ──って、陽葵、そのほっぺどうした?」
髪を撫でられての言葉に陽葵はきょとんとする。
「え? ほっぺ、え?」
言われて自覚した、右の頬が熱く感じられる、痛痒くもあった。
「え?」
指先で触れればざらりとした感触が伝わってくる。
「え、何……」
鏡で確かめようと、ベッドを抜け出すと裸のまま脱衣所へ向かった、一番簡単に覗ける鏡だ。
見て驚いた、それは尚登も驚くだろう。頬骨の下あたりが直径5センチほどの大きさで真っ赤になり、表面は何か所も蚊に刺されたようにぶつぶつしている。
「アレルギーか?」
同じく全裸でついてきた尚登が心配そうに聞き、陽葵の背にフリースをかけた。
「今までこれといってアレルギーを起こした覚えは……」
「普段食べているものでも激しい運動すると症状を出るとか言うし」
激しい運動と言われ、陽葵は頬を染める。
「やだ、違う!」
それすら特に激しいとも思わない行為だったはずだが、そんなことは言えなかった。特に変わったものを食べてもいないが蕎麦はアレルギーが出やすい食材だ、そのせいだろうか。そして特別なものに触れた覚えもなく──と思った時、はたと思い当たった。
「あ、昨日落合課長からもらったファンデーションのせいかも」
言った瞬間、尚登が怒りの表情を見せる。
「おーちーあーいー?」
陽葵は慌てて手を振り、落合の無実を訴えた。
「あの、違うの。落合課長が化粧くらいしなさいって高級なファンデーションをくれて。外国の有名ブランドの。うん、そう、外国製品って日本人は合わないこともあるって聞いたことあるもん、そのせいかも。それをいきなりほっぺに付けた私が悪いよ」
パッチテストでもやってからにすべきだったと訴えるが、尚登の怒りは収まらない。
「本当に陽葵は人が良すぎんだよ、少しは怒れ」
「でも親切でくれたのに、初めての化粧品でパッチテストもしないで使った私も悪いし」
それは事実だ──尚登は大きなため息を吐きながらも受け入れた。
「とりあえず病院だな、通ってる皮膚科はあるのか」
尚登は頭を掻きながらベッドに戻ると、先ほど放り出したスマートフォンを手にする。
「皮膚科はないなあ」
かかったことがあるのは内科だった、その近くにあったような気もするが。
「でもこれくらいなら、市販薬でなんとかなるんじゃ」
近頃の市販薬は優秀だ、それで十分だろう。
「場所が場所だし、痕でも残ったら嫌だろ、ちゃんと医者に診てもらえよ。あ、今日は会社休むか」
「遅刻か午前半休で大丈夫だよ、顔ならマスクで隠せるし、病院行ってから出勤する」
大きめのマスクでならなんとか隠せそうだ、だが尚登は父の仁志宛に電話をかけて言う。
「あ、もしもし? 朝早くから悪ぃ。陽葵が具合悪い、休ませるから俺も休む。じゃ」
はい? おい待て、という仁志の言葉を聞かずに電話を切ってしまう。
「え、なんで尚登くんまで休むの? 人をダシにして休まないでよ」
「陽葵一人じゃ心配だからだろ。ああ、近所にあるわ、9時からやってるってよ」
スマートフォンで調べながらの言葉に、陽葵は諦めた。突然の休みもいいかもしれない。
果たして皮膚科にやってきた。
「あらあら、ずいぶん酷いわね。化粧かぶれかあ」
女性医師は問診票を見てから、陽葵の頬を確認する。
「随分酷そうに見えるんですけど」
診察室についてきた尚登が訴えた。
「うーん、そうねえ、確かに化粧品でここまでは珍しいかしら」
「なにか特別な薬品とか?」
尚登が聞けば医師は首を傾げ、陽葵は尚登の名を呼び諫める。
「なにか思い当たることでも?」
医師はやんわりと聞いた。
「化粧品をもらったと言うんですが、それをくれた人が日頃から意地が悪い人なので」
尚登は笑顔で言う、まるでおいしかった料理の説明でもしているかのようだ。
「そっかー。そのもらった化粧品は持ってきた?」
「はい」
陽葵は答え、鞄からそれを取り出し医師に渡した。医師はそれを開くとまじまじと眺め、匂いまで嗅いだが。
「うーん、正直判らないわねえ。ちょっとなにかの揮発性の香りがする気もするけど、こんなものと言われればそんな気も」
「揮発性なら時間が経って薄まったとか。陽葵、昨日使ってなんか感じなかったのか」
「ごめん、全然」
日頃から使っているわけではない、仮にしたとしてもこんなものだと思っただけかもしれない。
『日本に行ってみたかったなんて言ってたから嬉しそうに行ったぜ! じゃあ、仲良くやれよ~』
『は? だから誰が来るのか教えろって──』
だが通話は虚しく切れた、尚登は大きなため息を吐いてスマートフォンの電源を落とし放り出す。その時陽葵の肩が揺れていることに気づいた、尚登の慌てる様子がかわいくておかしかったのだ。
「悪いな、起こしたな」
「ううん、平気」
冬の朝で窓の外はまだ真っ暗だが、もうひと眠りするにはいかがなものかという時間だ。
「変わらず元気だね」
「ああ、聞こえたか」
セオドアは確かに声が大きいほうだ。
「直接話せばまだ言葉を遮ってまくし立てることもできるのに」
電話では通話のタイムラグある、こちらが何か言っても完全に無視だ。
「コーチを紹介してくれたはいいが、誰なのかいつまでなのかも言いやしねぇ──って、陽葵、そのほっぺどうした?」
髪を撫でられての言葉に陽葵はきょとんとする。
「え? ほっぺ、え?」
言われて自覚した、右の頬が熱く感じられる、痛痒くもあった。
「え?」
指先で触れればざらりとした感触が伝わってくる。
「え、何……」
鏡で確かめようと、ベッドを抜け出すと裸のまま脱衣所へ向かった、一番簡単に覗ける鏡だ。
見て驚いた、それは尚登も驚くだろう。頬骨の下あたりが直径5センチほどの大きさで真っ赤になり、表面は何か所も蚊に刺されたようにぶつぶつしている。
「アレルギーか?」
同じく全裸でついてきた尚登が心配そうに聞き、陽葵の背にフリースをかけた。
「今までこれといってアレルギーを起こした覚えは……」
「普段食べているものでも激しい運動すると症状を出るとか言うし」
激しい運動と言われ、陽葵は頬を染める。
「やだ、違う!」
それすら特に激しいとも思わない行為だったはずだが、そんなことは言えなかった。特に変わったものを食べてもいないが蕎麦はアレルギーが出やすい食材だ、そのせいだろうか。そして特別なものに触れた覚えもなく──と思った時、はたと思い当たった。
「あ、昨日落合課長からもらったファンデーションのせいかも」
言った瞬間、尚登が怒りの表情を見せる。
「おーちーあーいー?」
陽葵は慌てて手を振り、落合の無実を訴えた。
「あの、違うの。落合課長が化粧くらいしなさいって高級なファンデーションをくれて。外国の有名ブランドの。うん、そう、外国製品って日本人は合わないこともあるって聞いたことあるもん、そのせいかも。それをいきなりほっぺに付けた私が悪いよ」
パッチテストでもやってからにすべきだったと訴えるが、尚登の怒りは収まらない。
「本当に陽葵は人が良すぎんだよ、少しは怒れ」
「でも親切でくれたのに、初めての化粧品でパッチテストもしないで使った私も悪いし」
それは事実だ──尚登は大きなため息を吐きながらも受け入れた。
「とりあえず病院だな、通ってる皮膚科はあるのか」
尚登は頭を掻きながらベッドに戻ると、先ほど放り出したスマートフォンを手にする。
「皮膚科はないなあ」
かかったことがあるのは内科だった、その近くにあったような気もするが。
「でもこれくらいなら、市販薬でなんとかなるんじゃ」
近頃の市販薬は優秀だ、それで十分だろう。
「場所が場所だし、痕でも残ったら嫌だろ、ちゃんと医者に診てもらえよ。あ、今日は会社休むか」
「遅刻か午前半休で大丈夫だよ、顔ならマスクで隠せるし、病院行ってから出勤する」
大きめのマスクでならなんとか隠せそうだ、だが尚登は父の仁志宛に電話をかけて言う。
「あ、もしもし? 朝早くから悪ぃ。陽葵が具合悪い、休ませるから俺も休む。じゃ」
はい? おい待て、という仁志の言葉を聞かずに電話を切ってしまう。
「え、なんで尚登くんまで休むの? 人をダシにして休まないでよ」
「陽葵一人じゃ心配だからだろ。ああ、近所にあるわ、9時からやってるってよ」
スマートフォンで調べながらの言葉に、陽葵は諦めた。突然の休みもいいかもしれない。
果たして皮膚科にやってきた。
「あらあら、ずいぶん酷いわね。化粧かぶれかあ」
女性医師は問診票を見てから、陽葵の頬を確認する。
「随分酷そうに見えるんですけど」
診察室についてきた尚登が訴えた。
「うーん、そうねえ、確かに化粧品でここまでは珍しいかしら」
「なにか特別な薬品とか?」
尚登が聞けば医師は首を傾げ、陽葵は尚登の名を呼び諫める。
「なにか思い当たることでも?」
医師はやんわりと聞いた。
「化粧品をもらったと言うんですが、それをくれた人が日頃から意地が悪い人なので」
尚登は笑顔で言う、まるでおいしかった料理の説明でもしているかのようだ。
「そっかー。そのもらった化粧品は持ってきた?」
「はい」
陽葵は答え、鞄からそれを取り出し医師に渡した。医師はそれを開くとまじまじと眺め、匂いまで嗅いだが。
「うーん、正直判らないわねえ。ちょっとなにかの揮発性の香りがする気もするけど、こんなものと言われればそんな気も」
「揮発性なら時間が経って薄まったとか。陽葵、昨日使ってなんか感じなかったのか」
「ごめん、全然」
日頃から使っているわけではない、仮にしたとしてもこんなものだと思っただけかもしれない。