弊社の副社長に口説かれています
「預かってよければ、調べてもらえるとこに出すけど?」

医師の提案に尚登は是非と応えようとしたが、陽葵が拒否してしまう。

「いいです、いきなり顔に塗ってしまった私が悪いですから」

陽葵の発言に尚登は言葉を呑み、医師はにこにこと微笑みながらそっかーと頷いた。
強めのステロイドで症状を抑え、飲み薬との併用で様子を見ることになり病院をあとにする。

「あのなあ、陽葵」

病院ではおとなしくしていた尚登が口火を切る。

「本当に人が良すぎるぞ、落合の邪な行動は制裁を科すべきだ」
「そうなんだけど」

陽葵はマスクの下で微笑んだ。

「落合さん、おめでとうって言ってファンデーションをくれたんだもん。その落合さんを疑いたくないかな」

陽葵の言葉に尚登は嫌そうにため息を吐いた。積年の恨みもある、徹底的に物理的に叩き潰したいくらいだ。

「でも頬にちょっと試し塗りした程度だったからそれで済んだが、もし顔全体に塗ってたら」

怒りを押さえ言った、頬でそれほどかぶれるのだ、もし目などに入っていたらどうなっていたか。

「わ、それはさすがに大変になるとこだった、やっぱりパッチテスト大事──って、もし顔中真っ赤っかになったら、尚登くんも引くよね、嫌いになる?」

頬を手で覆いおろおろと訴える陽葵に、尚登は微笑みかけた。

「阿保か、それくらいで嫌いになる訳ねえだろ。顔中の皮がなくなっても陽葵が好きだ」

それはそれでどうなのだと思うが、陽葵はほっとする。

「──ただ、落合は誰が何と言おうと、完膚なきまでにボコる」

目を光らせ拳まで握り締めて言う尚登は、本当に実行しそうで陽葵は焦る。命を失ったわけではない、そこまでしなくても、と思うのはやはり甘い考えなのだろうか。

「昼飯は、食って帰るには早いな」

スマートフォンで時刻を確認して尚登は言う、まだ10時過ぎだ。

「うん、外食はちょっと。私もこんな顔だし」

マスクの上から頬を押さえ訴えた、その下にはガーゼもある。食事となればマスクは取らなくてはならない。

「それもそうだな。じゃあなんか作んべ。せっかく時間もあるし、のんびり作るかー」

手を繋ぎ歩き出す、向かったのは以前も行った大容量がウリのスーパーだ。

「あ、餃子にするか」

豚ひき肉が特価になっているのを見て尚登が閃く。

「餃子……手作り?」
「あったりめーだろ」
「……いつも、餃子は冷凍か、外で食べてた」

一人暮らしでは一人でそこまで時間をかける気になれなかったのが一番だ、実母がタネを作り一緒に包んだ記憶はあるが、自分で作ろうと思ったことはなかった。

「……楽しみ」

僅かに微笑み小さな声で言う陽葵の髪を撫で、尚登は抱き寄せていた。

「よっしゃ、皮から作ろう」
「え、皮から?」

改めて尚登の器用さに驚いてしまう、尚登は嬉しそうに強力粉も買い物かごに放り込んだ。

帰宅すれば早速調理の開始だ。

「俺は皮作るから、陽葵は野菜切ってて」
「はーい」

陽葵は買ってきた長ネギとキャベツとニラを流しに出し、まな板と包丁を準備した。
尚登は大きなボウルを取り出し、強力粉と薄力粉と塩を入れる、完全に目分量だ。そこへ熱湯を少しづつ注ぎ菜箸で混ぜていく。そぼろ状になれば手で力を入れてこね弾力が出てまとまってきたらラップに包み生地を休ませる、その間に尚登も陽葵と並び野菜を切り始めた。

「いつも皮から作るの?」

それは高見沢家のやり方と聞いてみたが、尚登は笑う。

「アメリカにいた頃だけだな。近くにアジア系のスーパーもあったけど高いし量も多いしで、これくらいなら作れんべってやってみたら意外と簡単だったしうまかったから」

冷凍食品もあったが、変なところでこだわりがあった。

キャベツは塩を振り適度に水を抜き、こねた肉と野菜を混ぜるとそれは冷蔵庫に入れ馴染ませる、その合間に皮を完成させることになる。
生地を延ばす麺棒すらなかったので買ってきた。中華街が近くてよかったと思ったほどだ、多くの種類から選べ、餃子の皮を作るのに最適なサイズを購入できた。
ピンポン玉よりやや小さいほどの大きさに切り分け、尚登は慣れた様子でそれを麺棒で伸ばしていく。まずは手の平で押し潰し、回しながら中央は山が残るようにするのだ。

「ほれ、やってみ」

3枚ほど手本を見せてから陽葵に促す、できそうにないと思いながらも陽葵は生地を手に取った。

「だいたい8回くらいだな、周りから潰して」

45度ほどずつ回しながら伸ばすのだ、やってみるがやはり思いの他難しい。

「……いびつ」

尚登のようにまんまるにはならない、ふちの厚みも不均等だ。

「味には大きな影響はねえよ。ほらさっさとやらないと乾いていくから、スピードアップ」

言われて陽葵はぎこちなくも手を速めて作っていった。
皮が出来上がれば餡を包んでいく。その全ての作業が楽しかった、二人で笑いながら伸ばし、包み、焼いて頬張る。食事としては餃子のみで、あとは中華だしと長ネギだけのスープだったが十分満足だった。

「おいしかったし、楽しかった」

食後の片づけも二人並んで行う、陽葵が笑顔で告げれば、尚登も嬉しそうに微笑む。

「面倒とか言われないでよかったわ」
「全然だよ、改めて飲食店で食べられるの感謝できた。すごいね、サイズとか味とか同じで作れるの」

中華料理店で出されるものは、まるで工業製品のように作れるのは神業だと思えるほどだ。

「また作ろうね」

今度はもっと上手に作ろうと微笑みかければ、尚登はその頬にキスをした。

急に得られた休みに特にすべきこともなく、二人でのんびりと過ごしていた。
陽葵はソファーに腰かける尚登に寄り掛かるようにしてテレビを観ていた、尚登はその陽葵の髪や肩や背を撫でていると、尚登のスマートフォンが着信を知らせる、電話だ。画面に出ている文字は『則安』である。
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