君の闇を切り刻みたい
☆
跨線橋の坂を超えると、僕と綾香の小さい地元が見えてきた。そして、駅前の交差点でお互いに立ち止まった。左手にあるJRの藻琴駅はいつ建てられたのわからないくらい、木造の小さい駅だ。何十枚も板張りされた木はくすんでいて、相当な時間が経っているように感じる。屋根はモスグリーンの三角屋根で、駅の名前が書いてある青いホーロー看板はところどころ錆びていた。いつもはここで綾香と離れるけど、今日はなぜか離れたくなかった。
「――したらね」と綾香は小さな声でそう言ったあと、すぐに自転車を漕ぎ始めた。――何か言わなきゃ。
「綾香」と僕は単純に名前を呼んだ。するとすぐに、綾香の自転車は止まった。だけど、綾香はさっきみたいに後ろを振り向いてくれなかった。だから、僕は綾香の隣まで、自転車で移動した。綾香を見ると綾香の目が充血していた。綾香の頬には涙のあとがついていた。僕は息をすっと吐いた。
「海、見に行こう」と言うと、綾香は静かに頷いた。
☆
潰れた商店にある自販機で缶コーラを2つ買って、駅の裏手にある砂浜まで来た。護岸ブロックのコンクリートに座り、二人でただ、オホーツク海を眺めていた。夕日で照らされている海はオレンジ色で染まっていて、右側には青くて大きな知床半島まで孤を描いているのが見えた。別にいつもと変わらない海だ。これが僕と綾香の地元だ。冬になれば、流氷で白くなり、海が遠くなる。コンビニすらない街だ。
「落ち着いた?」
僕の右側でずっと黙ったままの綾香を見て、そう言ってみたけど、隣から返事がなかった。ときおり吹く風はすでに冷たくなり始めていて、風が吹くたびに綾香のボブの毛先が揺れた。僕はため息をついたあと、なんでこんなことになっているのか、少しだけ考えた。だけど、今日のセンチメンタルな綾香をただ、全肯定したいなってふと思った。
「とりあえず、乾杯しよ」
僕はそう言って、バッグに入れていた、缶コーラを2つ取り出し、2つとも開けた。そして、1つの缶を綾香に渡すと綾香は黙ったまま右手で受けとったあと、綾香は左手を自分の方に引こうとしていた。だから、僕は左手に持っていた僕の缶コーラを無理やり、綾香の缶に当てた。
「無理やりじゃん」
「ようやっと喋ったな」と僕が言い終わると、綾香はふふっと、弱い声で笑って、コーラを一口飲んだ。綾香がコーラを飲んでいる姿を見て、僕は思わずドキッとした。――単純にかわいかった。
「なあ。最近、変な夢、見るんだ」
「夢?」
「逃げるんだよ。得体の知れない怪獣から」
「へえ。――大変そう」と綾香は興味がなさそうな声で、そう言った。だけど、僕は構わずに進めることにした。
「手を繋いで走るんだよ。こうやって」
僕はそっと右手を綾香の左手に乗せたあと、手を繋いだ。夢で感じたよりも柔らかくて冷たい感触がした。綾香と目が合った。綾香は驚いたような表情をしていた。
「――玲汰、そのあとは?」
「残念だけど、逃げて終わり」
「へえ。――つまらないね」
「だろ? ――なんかさ、ずっとこうしたいな」
「これしかしてくれないの?」
「え?」
「それだったら、バカでしょ」と綾香はそう言って、コーラをもう一口飲んだ。だから、僕もコーラをもう一口飲んだ。
「悪いけど、俺、言うほど、バカじゃないよ。遅かったけど」と僕が言った直後に、僕がやろうとしていたことを綾香に先にやられ、唇に熱を感じた。波が穏やかに打ち寄せる音だけが周りを支配していた。少しくらい待ってくれたっていいじゃんって、思いながら、何秒間のキスを終えた。
綾香がそっと離れたあと、微笑んだ。いつもの優しい微笑みだ。
「ごめん。好きだった。玲汰のこと、ずっと」
「俺も。――好きだったよ」
「――もっと、早く素直になればよかったね。私達」
「そうだな」
「――だけど、玲汰はこの街を離れて好きなところ行けばいいよ。私、家の仕事、手伝うことにしたから」
綾香は微笑んだままだった。だけど、僕は今ものすごく振られたようなつらさを急に感じた。――もう、気持ちをごまかして、離れたくない。
「――どうしてだよ」
「お母さん、倒れちゃったんだ」
「倒れた?」と僕が聞き返すと綾香はゆっくり頷いた。
「今、すごくつらい。先がわからなくて」
「――そうなんだ。お母さんは?」
「まだ、入院してて、大丈夫なんだけど、麻痺が残るかもだって」
「そうなんだ」
「――そんな親、置いて行けないよ。どこかに」
僕はその後の言葉が見つからずに思わず黙ってしまった。綾香にどう励ましたらいいのかとか、薄っぺらいことしか頭の中を巡らなかった。だったら、何も言わないほうがいいという結論になった。鼻で息を吸うと、海の香りとコーラの香りが鼻の奥で混じった。僕は綾香の手を強く握り、穏やかな海をずっと眺め続けた。
「だから、家、手伝うことにしたの」
そう言われて、綾香を見ると、綾香は急に落ち着いたように穏やかな表情をしていた。そして、コーラをまた一口飲んだ。僕はバッグから、進路希望調査表を取り出した。そして、それをビリビリに破いて、風に飛ばした。
「え、何やってるの?」と綾香はさっきまでの穏やかな表情を一気に忘れて、怪訝な顔で僕を見た。
「なあ。俺も、ちょっと考え直すわ」
「なにを?」
「――ここにとどまる方法考える」と僕はそう言ったあと、もう一度、綾香の手を繋いだ。
☆
「ねえ、ありがとう。久々のフラペチーノ最高だね」と綾香をそう言いながら、期間限定のフラペチーノを一口飲んだ。
「スタバデートのためにトライブするのもありだな」
「ありがとう。運転してくれて」
「せっかく車買ったからね」
そう言ったあと、僕もフラペチーノを一口飲んだ。高卒で地元の会社に就職したけど、なぜかそれなりに楽しかった。就職して、数ヶ月してから、ダイハツムーヴをローンを組んで買った。実家ぐらしだからちょっと無理することにした。綾香が隣にいることを当たり前にすることができて、単純によかったと今では思っている。
「ねえ」
「なに?」
「最高だね」と綾香はそう言って、微笑んだ。だから、僕はiPhoneを取り出して、綾香がフラペチーノを持っている姿を画像にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
読んでいただきありがとうございました!
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こういった恋愛青春ものの短編、長編小説を『ノベマ!』で16作(2023年4月現在)公開しています。
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跨線橋の坂を超えると、僕と綾香の小さい地元が見えてきた。そして、駅前の交差点でお互いに立ち止まった。左手にあるJRの藻琴駅はいつ建てられたのわからないくらい、木造の小さい駅だ。何十枚も板張りされた木はくすんでいて、相当な時間が経っているように感じる。屋根はモスグリーンの三角屋根で、駅の名前が書いてある青いホーロー看板はところどころ錆びていた。いつもはここで綾香と離れるけど、今日はなぜか離れたくなかった。
「――したらね」と綾香は小さな声でそう言ったあと、すぐに自転車を漕ぎ始めた。――何か言わなきゃ。
「綾香」と僕は単純に名前を呼んだ。するとすぐに、綾香の自転車は止まった。だけど、綾香はさっきみたいに後ろを振り向いてくれなかった。だから、僕は綾香の隣まで、自転車で移動した。綾香を見ると綾香の目が充血していた。綾香の頬には涙のあとがついていた。僕は息をすっと吐いた。
「海、見に行こう」と言うと、綾香は静かに頷いた。
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潰れた商店にある自販機で缶コーラを2つ買って、駅の裏手にある砂浜まで来た。護岸ブロックのコンクリートに座り、二人でただ、オホーツク海を眺めていた。夕日で照らされている海はオレンジ色で染まっていて、右側には青くて大きな知床半島まで孤を描いているのが見えた。別にいつもと変わらない海だ。これが僕と綾香の地元だ。冬になれば、流氷で白くなり、海が遠くなる。コンビニすらない街だ。
「落ち着いた?」
僕の右側でずっと黙ったままの綾香を見て、そう言ってみたけど、隣から返事がなかった。ときおり吹く風はすでに冷たくなり始めていて、風が吹くたびに綾香のボブの毛先が揺れた。僕はため息をついたあと、なんでこんなことになっているのか、少しだけ考えた。だけど、今日のセンチメンタルな綾香をただ、全肯定したいなってふと思った。
「とりあえず、乾杯しよ」
僕はそう言って、バッグに入れていた、缶コーラを2つ取り出し、2つとも開けた。そして、1つの缶を綾香に渡すと綾香は黙ったまま右手で受けとったあと、綾香は左手を自分の方に引こうとしていた。だから、僕は左手に持っていた僕の缶コーラを無理やり、綾香の缶に当てた。
「無理やりじゃん」
「ようやっと喋ったな」と僕が言い終わると、綾香はふふっと、弱い声で笑って、コーラを一口飲んだ。綾香がコーラを飲んでいる姿を見て、僕は思わずドキッとした。――単純にかわいかった。
「なあ。最近、変な夢、見るんだ」
「夢?」
「逃げるんだよ。得体の知れない怪獣から」
「へえ。――大変そう」と綾香は興味がなさそうな声で、そう言った。だけど、僕は構わずに進めることにした。
「手を繋いで走るんだよ。こうやって」
僕はそっと右手を綾香の左手に乗せたあと、手を繋いだ。夢で感じたよりも柔らかくて冷たい感触がした。綾香と目が合った。綾香は驚いたような表情をしていた。
「――玲汰、そのあとは?」
「残念だけど、逃げて終わり」
「へえ。――つまらないね」
「だろ? ――なんかさ、ずっとこうしたいな」
「これしかしてくれないの?」
「え?」
「それだったら、バカでしょ」と綾香はそう言って、コーラをもう一口飲んだ。だから、僕もコーラをもう一口飲んだ。
「悪いけど、俺、言うほど、バカじゃないよ。遅かったけど」と僕が言った直後に、僕がやろうとしていたことを綾香に先にやられ、唇に熱を感じた。波が穏やかに打ち寄せる音だけが周りを支配していた。少しくらい待ってくれたっていいじゃんって、思いながら、何秒間のキスを終えた。
綾香がそっと離れたあと、微笑んだ。いつもの優しい微笑みだ。
「ごめん。好きだった。玲汰のこと、ずっと」
「俺も。――好きだったよ」
「――もっと、早く素直になればよかったね。私達」
「そうだな」
「――だけど、玲汰はこの街を離れて好きなところ行けばいいよ。私、家の仕事、手伝うことにしたから」
綾香は微笑んだままだった。だけど、僕は今ものすごく振られたようなつらさを急に感じた。――もう、気持ちをごまかして、離れたくない。
「――どうしてだよ」
「お母さん、倒れちゃったんだ」
「倒れた?」と僕が聞き返すと綾香はゆっくり頷いた。
「今、すごくつらい。先がわからなくて」
「――そうなんだ。お母さんは?」
「まだ、入院してて、大丈夫なんだけど、麻痺が残るかもだって」
「そうなんだ」
「――そんな親、置いて行けないよ。どこかに」
僕はその後の言葉が見つからずに思わず黙ってしまった。綾香にどう励ましたらいいのかとか、薄っぺらいことしか頭の中を巡らなかった。だったら、何も言わないほうがいいという結論になった。鼻で息を吸うと、海の香りとコーラの香りが鼻の奥で混じった。僕は綾香の手を強く握り、穏やかな海をずっと眺め続けた。
「だから、家、手伝うことにしたの」
そう言われて、綾香を見ると、綾香は急に落ち着いたように穏やかな表情をしていた。そして、コーラをまた一口飲んだ。僕はバッグから、進路希望調査表を取り出した。そして、それをビリビリに破いて、風に飛ばした。
「え、何やってるの?」と綾香はさっきまでの穏やかな表情を一気に忘れて、怪訝な顔で僕を見た。
「なあ。俺も、ちょっと考え直すわ」
「なにを?」
「――ここにとどまる方法考える」と僕はそう言ったあと、もう一度、綾香の手を繋いだ。
☆
「ねえ、ありがとう。久々のフラペチーノ最高だね」と綾香をそう言いながら、期間限定のフラペチーノを一口飲んだ。
「スタバデートのためにトライブするのもありだな」
「ありがとう。運転してくれて」
「せっかく車買ったからね」
そう言ったあと、僕もフラペチーノを一口飲んだ。高卒で地元の会社に就職したけど、なぜかそれなりに楽しかった。就職して、数ヶ月してから、ダイハツムーヴをローンを組んで買った。実家ぐらしだからちょっと無理することにした。綾香が隣にいることを当たり前にすることができて、単純によかったと今では思っている。
「ねえ」
「なに?」
「最高だね」と綾香はそう言って、微笑んだ。だから、僕はiPhoneを取り出して、綾香がフラペチーノを持っている姿を画像にした。
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こういった恋愛青春ものの短編、長編小説を『ノベマ!』で16作(2023年4月現在)公開しています。
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