迷惑をかけた相手になぜか溺愛されたようです。
マンションの地下にある駐車場に私達が到着すると、黒くピカピカと光る車の横に男性が立っていた。
そして、玲也を見るなり深々と頭を下げた。
「おはようございます。橘CEO。お待ちしておりました。」
「おはよう、今日はこちらの女性も同乗させてもらうよ。うちの社員で花宮唯さんだ。」
玲也が私を紹介すると、運転手である秘書は驚いたように私を見たのだ。
(…なんか私…変な誤解されているような…)
「お…おはようございます。突然に申し訳ございません…私は会社の近くで降ろしていただけますでしょうか?」
「近くとは?会社ではないのですか?」
秘書が聞き返すのも無理はない。会社ではなく近くで降ろせなんて、怪しすぎる。
「はい。近くで降ろしてください。」
すると秘書は無表情で話し始めた。
「それは、他の社員にCEOとご一緒だという事を知られたく無いという事ですね。なにか後ろめたい事でもあるのですか?」
玲也は秘書の言葉を聞いて口を挟む。
「おい、瀬谷!そんな言い方する事ないだろ。言われた通り近くで降ろしてやってくれ。」
この秘書は瀬谷(せや)と言うらしい。
瀬谷さんは玲也に言われると、軽く頭を下げて、もうそれ以上何も言わなくなった。
瀬谷さんが言うのも無理もない事だ。
玲也が朝から自分の会社の女性社員と一緒というだけで、大変な誤解をされそうだ。
その上、会社の人達に知られたくないなんて、ますます怪しいと思われても仕方ない。
しかし、言い訳をすれば余計に面倒な事になりそうだったので、私はそれ以上何か言うのは止めることにした。
瀬谷さんは車に乗ると、運転をしながら玲也に今日の予定を伝えている。
その予定は聞いているだけで疲れてしまうような、分刻みのスケジュールだ。
そんな過密スケジュールをこの瀬谷という秘書は全部暗記していることになる。
驚くほど優秀なのだろう。
間もなくして、会社から50mくらい離れた路地に瀬谷さんは車を進めた。
「このあたりでよろしいでしょうか?」
人目に付きにくい路地に停めてくれるなんて流石だ。
「は…はい。ありがとうございます。とても助かりました。」
電車で向かっていたら、30分くらいかかる片道も、車なら15分もかからない。
そして、瀬谷さんと玲也にお礼を伝えて、車から降りる時だった。
玲也が私に声を掛けた。
「…蓮をよろしく頼むな。」
やはり兄弟なのだ。仕事に私情は挟まないと言っていた玲也だが、蓮が心配なのだろう。
「…はい。蓮君は優秀なので心配いりませんよ。」
玲也は私の言葉を聞くと、微笑みながら頷いた。