迷惑をかけた相手になぜか溺愛されたようです。
「こちらでお待ちくださいませ。」
私達を案内した男性は、店の一番奥にある、観音開きのドアを開けると中へと案内した。
部屋の中は豪華な応接になっており、普段は展示していない大きな宝石の付いたアクセサリーがオブジェのようにガラスケースに並んでいた。
部屋の中では女性の店員が待ち構えており、ソファーへ座るよう微笑ながら促している。
私達はソファーへと近づくと、ちょうど入り口を背にした大きなソファーに一人の女性が座っていることに気が付いた。
すると玲也はその女性を見ると、動揺したように驚き大きな声を出した。
「…お母さん!どうしてここにいらっしゃるのですか?」
玲也の言葉を聞いて驚いた。
その女性に向かって“お母さん”と言っている。
とても美しい女性だが、ちょうど私達の母親くらいの年齢には間違いない。
私は何と挨拶してよいのか分からず、言葉が詰まり息をのんだ。
女性は落ち着いた表情で玲也を見た。
「あら…玲也さん。そんなに驚かなくてもいいでしょ…今日、偶然にこの店に来たら、これから玲也さんが来るとお店の人に聞いたから、待っていたのよ。」
私はどうしたら良いのか分からず、緊張で固まっていると、その女性は無表情で私を見たのだ。
これはきっと何か良くないことを言われるパターンだと、心の中で身構えた。
「そちらのお嬢さんはどなたなの?」
私は慌てて名前を名乗ろうとしたが、玲也がそれを止めるように話をはじめた。
「お母さん、ご紹介が遅くなりましたが、花宮唯さんです。僕は彼女と婚約するつもりです。」
すると、その女性はフッと小さく笑みを浮かべる。
「玲也さんではなく、そちらのお嬢さんに聞きたいわ…玲也さんをあなたは愛しているの?」
女性の質問に対して、私はなんと答えれば良いのだろうか。
そもそもこれは期間限定の偽装婚約なのに、愛しているかと聞かれて言葉に迷う。
「…えっと…あの…」
その女性は全てを知っているかのように話し始める。
「なにか理由があることはわかっているわ…でも、私が知りたいのは、今あなたの気持ちはどうなのかしら…玲也さんを愛している?」
この女性に嘘はつけない。
「私は玲也さんが…好きです。」
私は何を言っているのだろう。
自分が言ったことに驚いている。
「そう…それならいいわ。何か理由があっても、あなたが玲也さんを好きなら、私は応援してあげるわ。」
玲也は驚いた表情で話し始めた。
「お母さん、あなたは反対すると思っていました。」
女性はゆっくり目を閉じて話し始めた。
「私はお父さんと政略結婚だったの。…もう今となっては誰も恨んでいないわ。でもね、私と同じ思いをあなたにはして欲しくないのよ。」
その女性はそれだけ話をすると静かに立ち上がった。
「…お嬢さん、いいや…唯さんだったわね。玲也さんをよろしくね。」