まちがいさがし
1階に着き、ガラガラと音をたてながら研究棟の奥へと進んで行く。

この1年間で何度も通ってきた場所だ。
目を瞑ってでも行けそうな道をひたすら無言で進んで行く。



奥に進むにつれ段々と木々が生い茂って影を作り出す。
人気もなく静かなこの場所が、人によっては不気味さを感じるかもしれないが、光にとってはとてつもなく居心地のいい場所だった。

誰の干渉も受けず、サワサワと木々の葉が揺れる音だけが響く。
まるでちょっとした異世界に来た気分になるのだ。



ただ1つ気になることがある。
どうしても感じる視線があるのだ。
ここへごみ捨てに来るようになったその日から僅かに感じていた視線。

これが日に日に強くなっている気がするのだ。
ここは研究棟の奥にある場所で、無論一般人は入れないし、ここで働いている人々もまず来ない。



最初こそ不気味さを感じていた光だったが、段々とそれ以上に仕事での日々の辛さの方が不気味さより上回り、気にしなくなったのだ。

(今日も見られてる感じするなぁ。鳥とか野良猫チャンが見てくれてるのかも!)


廃棄場へ着くと、暗証番号を入力して重厚な扉を開ける。
湿っぽく若干カビ臭い部屋に書類の詰まった重い段ボールをヨタヨタと置いて行く。


最後の1つを置いた時だった。

「痛っ!!!!」

指先にビリッと痛みが走る。
痛みに顔をしかめ、指先を見ればいつの間にか指先に紙で切ったような長い切り傷がある。


「これいつの間にあったんだろ。紙で切ってたんだなぁ。
なんか今日は本当に散々な日だ·····。」


いつもならこんな傷 たいして気にもしないのだが、なんだか腑に落ちない叱責を受けた後なだけに気分が余計に滅入る。

はぁぁとため息を着いた瞬間だった。
ドキンっと鼓動が光へ警鐘を鳴らす。

(·····う、後ろに誰か立ってる!!!?)
まだ振り向いてもいないのに、光の背後にいつの間にか誰かが立っているのが分かる。

鼓動が更に早くなる。
嫌な汗が背中を伝うのが分かった。

ゆっくりと出来るだけ視線だけを後方へと運ぶ。

「っっっ?!!!!!」

(やっぱり誰かいるっ!!!!!)
そう思うと同時に勢いよく振り返る。


廃棄倉庫の入口に立つその人。
身長180cmはあるだろう。
広い肩幅なのに、割と細身の体は黒いパーカーに黒い細身のスエットの様な物を履いている。

サラサラと長い黒髪を靡かせているが、その隙間から見える切れ長の瞳は瞳孔が開き、光だけを捉えている。


「っ!!だ、誰·····ですか?」

「·········。」

返答がない。
無表情のままで、ただひたすら光を見つめている。

(こっ、怖いっ!!!変質者なのっ?!どうしよう!!大きな声を出しても入口側にいるから逃げられないし。
そもそもここは人目に付きにくい場所だから、叫んでも見つけてもらえないかもしれないっ!!)

頭の中でグルグルと色々なことを考える。
ドキドキと危険を感じ騒ぐ心臓に、少しずつ後ずさることしか出来ない。


「ここの者だけど。自分は誰?」

突然の返答に思わずビクリと肩が跳ねる。
低音でありながらも、聞きやすい綺麗な声だ。

(えっ?!ここの者って研究棟の近くだから、研究員の方だったのかな?!!
私も突然いたから驚かせたのかも!!!)

一先ず急ぎ頭を下げる光。

「ごめんなさいっ!!
驚いてしまってかなり失礼な発言をしました!
申し訳ありません!!!
私はここの事務員をやっている者で、優木と申します。
個人情報が記載されてる書類を破棄しに来ただけです。」

アタフタしながらも必死に謝罪する。

と、ぺたぺたと不思議な足音が狭い部屋に響き、頭を下げたままの光はその足元を見る。
ゆっくりと光の目の前で立ち止まったその足元はビーチサンダルを履いている。

(えっ?!·····ビーサン?)

不思議に思いゆっくり顔を上げれば、身長を合わせる為か僅かに腰を曲げたその男の顔が間近にあった。

「きゃぁっ!!!!!!」

思わず叫び尻もちを着く。
髪が乱れ、驚きのあまり急には立ち上がれずにいる。

入口から入り込む陽の光が、光を優しく包み込んでいるが、男は相対象的に逆光の加減もあって影が全身を包んでいるようだ。


すっと光の前にしゃがみ込むその男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

(こっ、この人。やっぱりおかしい!
こんな人が研究員なわけない!目が座ってて怖すぎるっ!!!)

恐怖で首元をキュッとされている様な感覚から、助けを呼びたくとも声が出ない。

「っ!っ!!」

男の突然の行動だった。
そっと伸ばした骨ばった男性らしい手。
光の顔の前にだらんとなっている髪を優しく耳へ掛ける。

「きれーな髪。」

「っっ!?」

目の前で頬杖を付きながら、じっと光を見つめたままだ。

(怖い怖い怖い!!
なんか闇を感じるっ!どうしたらいいのっ!!)

「俺が怖い?」

「····えっ?!」

更にニヤリと微笑み、すっと立ち上がる男。
高身長なため、下から見上げれば余計に謎の迫力感がある。

「そ、そ、そんなことないですっ。
顔が近くて驚いただけです。失礼なことしてごめんなさい!」

必死に笑顔を作り、ガクガクする足に何とか力を込めて立ち上がる。

(怖がってる事がバレたら絶対にヤバい。あくまで自然に振る舞うのよっ!!
そして早くここから抜け出さなきゃっ!!)

「ふーん。それなら良かった。
どう見ても足ガクガクだったから。」

「いえ!転んだからちょっと足が痛いだけです。」

ひきつる口元を何とか笑顔に変える。
どう見ても不気味な笑顔を浮かべたままの男は、どう見ても怪しいオーラしか出ていない。

(殺人鬼かなんかじゃないの?!そんな目してる!)

なかなか入口からどかない男は、不敵な笑みを浮かべたまま光を見つめて立ち尽くす。

「あ、あの!!
私はもう職場に戻らないとまた叱られちゃうので失礼します。サボってないか見に来るので!!あははは!」

誰か人がすぐにでも来ると言えば、引き下がると思い焦りでまかせを口にする。
台車の持ち手を掴み、男を避けてその場を去ろうと緊張しながら歩みを進める。

特に反応のない男の横を通り過ぎる時だった。

「誰に叱られるの?」

「え?」

「今言ったじゃん。叱られるって。
誰に叱られるの?ちゃんと仕事してんじゃん。」

思わずぽかんと男の顔を見る。
上から見下ろすように、切れ長の瞳が再び光を捉えている。
やはりその瞳はどこまでも暗く、恐怖感が沸き起こる。

(ど、どういう事?私を試してるの?
叱られるって、ここから逃げ出すためのワードかもとか思ってる?!!)

「あっ、あぁいや!
その私はデキが悪いので、皆より少しでも早く仕事を終わらせないといけないので。」

苦笑いを必死に顔に貼り付けるも、男の表情は特に変化は無い。結果、何を考えているのか全くもって読み取れないのだ。

「あ、あの。なので、私はこれで失礼します。お時間とらせてしまってすみませんでした。」

軽く会釈をしたのち、ガラガラと台車と共に廃棄庫を出る。


(よ、良かった!!!!何とか何事もなく出れた!上司に報告した方がいいのかなぁ?!
明らかに怪しい出で立ちだったし。······まぁ、顔はイケメンだったけど。)

こんな緊急な状況にも関わらず、イケメンだと判断している自分が恥ずかしくも感じる。

高身長で細身でありながらも、肩幅などから程よい筋肉がある体。
サラサラとした艶のある黒髪。
切れ長で、まぁよく言えばミステリアスな瞳。
シミひとつない綺麗な肌。
心地の良い低音ボイス。

全てが揃った人ではあったが、やはりどこか影のようなあの男は危険な匂いしかしてこない。

(やっぱり危ないよね···。泥棒的な人だと困るから念の為に上司に報告だけしておこう。)

ちらりと振り向くも、その姿は既に跡形も消えていた。

「········嘘でしょ?どこに消えたの?隠れてるの?」

さすがに恐怖が光の全てを支配し、小走りで自身のオフィスへと戻った。

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