まちがいさがし

見えない檻

あれからどうやって自身のオフィスに戻ってきたのか。全くもって覚えていない。

分かっていることは、壁に掛かっている出勤表に高木の名が既に早退のマークが貼られていること。

(一体何が起きたの。何が起こったの?あれは誰なの?なんで私を知ってるの?全て訳が分からない。)

机でボンヤリしている光を見ても、いつもなら色々な職員が早く仕事しろやの、何してるんだ?と小言を言ってくるはずが誰も何も言わない。

(なんで?なんか様子が変だから関わらないようにしてるとか?
·····てか、警察沙汰になるよね?!私ひょっとして·····た、逮捕?!!!)

再びパニックになる。
自分の行いを必死に思い出す。
自分はあの男の行動を必死に止めた方だし、高木にも大丈夫かと声も掛けたが、恐怖からか逃げられてしまっただけだ。


「け、警察に言うべきか。とりあえず今日の責任者に····報告だけはした方が···。」

ヨロリと立ち上がったと同時に、光の傍に白衣を来た研究員らしき人々4名が来たことに気がつく。

(こ、今度は何っ?!)

ビクリと震える。

「優木 光さんですね?
私、ここの研究員の前嶋と申します。少しだけお時間よろしいですか?」

にっこりと微笑むその女性は、研究員とはかけ離れたような派手な容姿をしている。

(あ、怪しい。怪しすぎる風貌だわ。)

じとりと視線を向けるも笑顔は変わらず。

「あ、責任者の方には許可を既にとっているので安心して下さいね。さ、行きましょ!」

「あ·······は、はい。」

室内に目を送るも、誰もこちらを見ていない。
小さなため息を吐き、白衣の集団に着いて行くことにした。


緊張しながら着いていくが、どうやら研究棟の方へ行く様子だ。
いつもの廃棄庫のある道を途中まで通る。

(ついさっき事件的な事があった場所。あの男の人もいないし···。アレはなんだったんだろう。)
眉間に皺を寄せ考えながら歩く。

研究棟まで来ると、前嶋と名乗った女性が扉に設置されている指紋認証で扉を開けてくれる。

(ス、すごっ!なんか事務所の方とは雰囲気もセキュリティレベルも全然違うわ···。)
驚いていると、その様子を察したのか前嶋は再びにっこりと微笑む。

「さ、入って。研究棟にはよっぽどの用事がないと来ないから、こういったシステムも見慣れないわよね。
今じゃ指紋認証なんて銀行のATMでも採用されてるから特段凄いものでもなんでもないのよ。」

「は、はい。でもすごくて驚いちゃいました。」

「ふふふ。優木さんは純粋で優しいのね。あの子が気になるのも当然かもしれないわね。」

「え?」

「こっちの話!これから地下室へ行くからね。」

面白そうに笑う前嶋を見て不安しか浮かばない。
周りの研究員も軽く相槌を打つ程度で特に話すこともない。

無機質な廊下は長く、ガヤガヤと白衣を着た研究員達がウロウロしている。
こちらに気がつくと、前嶋たちに皆んな軽く会釈をする。
ついでの様に、光にも視線をやるが会釈すらない。

(この前嶋って人····。偉い人なのかな。みんな会釈してくし。私は無視だし、なんか嫌な人ばっかだな···。)

気まずくなり俯き加減でただひたすらについて行くと、エレベーター前で立ち止まった。

廊下を曲がった所にあるこのエレベーターだけはあまり目立たないよう作ってある様な感じだ。
前嶋が暗証番号と指紋認証を行い、初めてエレベーターが動いた様な音がした。

しばらくすると、重々しくエレベーターの扉が開く。
ゾロゾロと乗り込めば、あっさりと閉まる扉にドキドキと何故か胸騒ぎがする。

「あ、あのっ!!そろそろここへ連れて来た理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

あまりの不安から勇気を出して聞いてみる。
すると、前嶋は腕を組みくるりと光の方へと体を向ける。

「大丈夫。地下室の部屋に着いたらきちんと説明するから。心配して当然だけど、あなたに危険を及ぼすようなことも無いし怖いことも当然ないわ。念の為に確認して欲しいことがあるだけなの。」

「そ、そうですか。分かりました。なんかすみません。」

「いいえ。こちらこそ急に呼び立ててゴメンなさいね。不安になって当然だもの。安心してね。」

いい人なのか悪い人なのか。全く分からない。ただ口調の優しさは嘘を感じない。
先程よりかは安心感を抱きつつ着いていくことにした。


エレベーターを地下3階で降り、再び無機質な長い廊下を歩く。
先程に比べて全くと言っていい程、研究員の人が少ない。どこからともなく機械音が響いているのがよく分かる。


「ここよ。さっぱりした会議室でごめんね。若い子には居心地悪い部屋よね。」

「そんなことないですっ。問題ありません。」

10畳ほどの部屋はホワイトボートと簡素な机、それにパイプ椅子が10脚ほど並べられているだけの質素な部屋だ。
窓がないためか、室内は若干ジメッとした感じを受ける。



「お茶持ってきてあげて。」

「あ、いえ!大丈夫です!」

「気にしないで。少しは緊張解さないと気分悪くなっちゃうわよ!」

「·····あ、ありがとうございます。」

緊張していることはバレバレの様子。
そこを察してくれたのはありがたいが、これから話されることが何なのかやはり不安が大きい。


研究員の1人がペットボトルのお茶を手渡してくれる。
それと同時に向かい側に座った前嶋がゆっくりと話し出した。

「回りくどいと結局何が言いたいのか分からない!ってなるといけないから率直に話しておくわね。」

「は、はい。」

緊張感はピークに達する。
口から心臓が出てしまいそうとはこのことだろうか。

「今日ここの道中で、ある男性に会って色々問題事が起きたと思うの。その子のこと知ってる?」

「え?!」

驚き心臓が止まった気がした。
(それって朝イチであったあのことよね?なんで知ってるんだろ····。やっぱりあの男の人はここの研究員で問題児とか?!!)

驚き固まっていると、前嶋は少し困ったように微笑む。

「心配しないで。知ってるかどうかだけを知りたいだけなの。もし、知ってるならどこで知ったのかとかそのへんを聞きたいだけなのよ。」

「いえ。全く知りません。·····ただ。」

「ただ?」

俯き、拳にキュッと力を込める。

「私は彼のこと存じ上げてませんが、彼は私の名前を知っていたので、私のことを知っているんだと思います。」

「へぇ。なるほどね。あなたは彼に何かされなかった?」

「何も。むしろ······守ってくれてる感じでした。」

淡々と聞いてくる前嶋の様子に、とにかく正直に話していく。
前嶋の横に座っている男性研究員は、2人の話をノートパソコンにカタカタと打ち込んでいる。

と、突然前嶋のピッチが鳴る。
ゴメンなさいね、謝る仕草をして電話に出る。

(ふぅ。なんか疲れてきた。緊張しすぎて頭痛くなってきたよ····。もぅ帰りたい····。)

ガタンっ!!!

「きゃっ!!!」
急な音に驚く光。
椅子から突然立ち上がった前嶋はごめん!と一言だけ言い残し急ぎ部屋から出て行ってしまった。

「すみません。このまま少しお待ち下さい。」
ノートパソコンを打っていた男性研究員が、待つように話してきた。

動揺するも、待つしかなくひたすらに待っていた。


一体どれくらい待っただろうか。
もうカレコレ1時間は待っている。
さすがの男性研究員もチラチラと自身の腕時計を確認してる。


出されたお茶を緊張感から飲み干したこともあってか、段々とトイレに行きたくなって来てしまった。
そわそわしつつ、我慢して30分。
もう限界だ。

「あ、あの。トイレに行きたいんですが···。」

「あ、あぁ。····うーん。」

「すぐに戻りますから。」

研究員が腕時計を見ながら、ため息をつく。
前嶋を待って既に1時間半も経つ。
仕方ない、と言うように場所を教えてもらい急ぎトイレへと向かった。

廊下に出れば、部屋の奥の方でバタバタしている。
気にはなったが直ぐに戻ると約束もしているため、急ぎトイレを済まし出てきた。

(またあの謎の時間を待つのかなぁ。相変わらず頭も痛いし…。)

重い足取りで先程の会議室へ戻ろうとした時だった。
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