悪役令嬢に捧ぐ献身
1.転生した先は
悪役令嬢シルヴィアの朝は早い。
広大なベッドの端から端へと転がり回り、悲鳴混じりに駆け寄ってきた新人メイドの背を踏み台に地上へと降り立った彼女は、毎朝の日課としてこの部屋に住まう獰猛なクマの退治へと赴く。
左目に傷を負った厳ついクマとの睨み合いを経て、シルヴィアが目にも止まらぬ速さで拳を振るった。ぼふんと弾力のある腹で彼女の強烈な一撃を受け止めたクマは、大の字に倒れ込んでは降参の意を示し──いや、腹を見せることで余裕を見せ付けているようだ!
何と屈辱的な煽り! これにはシルヴィアもプライドを傷付けられた! 今にその首を捻り切ってやろうとばかりに、彼女は四つん這いの姿勢を経由しつつ立ち上がる! 第二ラウンドの始まりである!
「意味不明なこと仰ってないで、ちょっとお嬢様を捕まえておいてくださる? ラウリさん」
「はい」
何が楽しいのかクマのぬいぐるみ相手にいつまでもじゃれついているシルヴィアを、世話係のラウリはひょいと抱き上げた。ぬいぐるみと大差ない小さな体を反転させてやれば、ふくふくとした丸い頬と、食べごろのイチゴのような色をしたつぶらな瞳が現れる。
「んー! ぬいぬい」
「はいはい、ぬいぬいと遊ぶのはまた後にしてくださいね」
「や!」
「いった」
成人男性の頬を容赦なく殴りつけてくるこの凶暴な幼児は、シルヴィア・サーキュリアス。公爵家の一人娘として生を受け、ようやく一年と十か月ほどが経ったほぼ赤子。
そして将来どこぞの王子に対する恋心を拗らせ悪事に手を染めるばかりか自らの魂を悪魔に売り渡してしまう──悪役令嬢のたまごである。
ラウリは約二年前、生まれたばかりのシルヴィアと初めて対面したときのことを思い返し、深い深い溜息をついた。
広大なベッドの端から端へと転がり回り、悲鳴混じりに駆け寄ってきた新人メイドの背を踏み台に地上へと降り立った彼女は、毎朝の日課としてこの部屋に住まう獰猛なクマの退治へと赴く。
左目に傷を負った厳ついクマとの睨み合いを経て、シルヴィアが目にも止まらぬ速さで拳を振るった。ぼふんと弾力のある腹で彼女の強烈な一撃を受け止めたクマは、大の字に倒れ込んでは降参の意を示し──いや、腹を見せることで余裕を見せ付けているようだ!
何と屈辱的な煽り! これにはシルヴィアもプライドを傷付けられた! 今にその首を捻り切ってやろうとばかりに、彼女は四つん這いの姿勢を経由しつつ立ち上がる! 第二ラウンドの始まりである!
「意味不明なこと仰ってないで、ちょっとお嬢様を捕まえておいてくださる? ラウリさん」
「はい」
何が楽しいのかクマのぬいぐるみ相手にいつまでもじゃれついているシルヴィアを、世話係のラウリはひょいと抱き上げた。ぬいぐるみと大差ない小さな体を反転させてやれば、ふくふくとした丸い頬と、食べごろのイチゴのような色をしたつぶらな瞳が現れる。
「んー! ぬいぬい」
「はいはい、ぬいぬいと遊ぶのはまた後にしてくださいね」
「や!」
「いった」
成人男性の頬を容赦なく殴りつけてくるこの凶暴な幼児は、シルヴィア・サーキュリアス。公爵家の一人娘として生を受け、ようやく一年と十か月ほどが経ったほぼ赤子。
そして将来どこぞの王子に対する恋心を拗らせ悪事に手を染めるばかりか自らの魂を悪魔に売り渡してしまう──悪役令嬢のたまごである。
ラウリは約二年前、生まれたばかりのシルヴィアと初めて対面したときのことを思い返し、深い深い溜息をついた。
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