悪役令嬢に捧ぐ献身
 ラウリは伸ばされた手を避けるように、咄嗟に大きく背を向けた。

 腕の中にいるシルヴィアが、至近距離できょとんとラウリの焦り様を眺めている。すると鼻先をちょんとくっつけたり頬をつついたりと、出血大サービスにも程がある施しを与えられてしまったラウリは、シルヴィアの頭を撫で回したい欲求を死に物狂いで抑えつつ深呼吸をした。

「わ、お嬢様からお花の香りが」
「おい! 何なのだ貴様、さっきから無礼な! 私は公爵家の人間だぞ!? 使用人の分際で楯突くな!」

 しまった深呼吸は悪手だった。

 ラウリは愛くるしい悪戯っ子をぎゅむと胸に抱き締め、へらへらと引きつった笑みで振り返ったが。

「あ、あーっ、その、お嬢様はそろそろお昼寝の時間ですので、またの機会に」
「そんなものいくらでも後で寝かせれば」
「そ……んなものだと!? 健やかに成長できるよう上質な睡眠をお届けすべく、お嬢様には日中から体を動かす遊びに励んでもらっている!! そして俺は同時にお嬢様の珠のようなお肌を今後も維持するために日頃から日光浴の時間も管理しているというのに!! そんなものだと!?」

 うっかり大音量で怒鳴ってしまった。それまで横柄な態度だった叔父が、不審者に遭遇したような顔で絶句するほどの勢いであった。

 いや、だが仕方ないだろう。この男にはシルヴィアの可愛さと尊さと愛と夢と希望と春の訪れに似た可憐なときめきと女神の揺りかごで育てられたかのような清廉さが理解できないようだから。


 それらを抜きにしても──やはり、シルヴィアと関わらせてはいけない。


 馬車の横転事故を未然に防いだとはいえ、この男が公爵の地位と財産を虎視眈々と狙っている事実は今も変わっていないはずだ。

 それこそあくどい手で公爵家の内部を探ったり、公爵夫妻の命を狙うことだって──。

(……命?)

 ざり、と喉の奥で何かが引っ掛かった。

 ラウリの思考を立ち止まらせるかのごとく、水の中に混ざった砂が控えめに警告している。

 今まで何の音沙汰もなかった叔父が、公爵への挨拶もすっ飛ばして突如シルヴィアの元へ現れた理由は何だ、と。

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