悪役令嬢に捧ぐ献身
「うり、あーち! ぱぱ?」
「へ……」

 ラウリの顔で遊んでいたシルヴィアが、不意に明後日の方を向く。

 むちむちとした指が差したのは、茂みの奥に隠れている黒い人影だった。

 枝葉の隙間から覗いた鈍い輝きを捉えた瞬間、ラウリは弾かれたように地を蹴った。


「──侵入者だ!!」


 彼は首から掛けていた銀色の笛を引き抜くと、息を強く吹き込む。空気を裂くような甲高い音が響き渡れば、シルヴィアが両耳を塞いで縮こまった。

「なッ……くそ、おい! シルヴィアを捕まえろ! 使用人は殺せ!」

 ラウリの行動に大きく舌を打ち、後方で男が声を荒げる。やはりシルヴィアを誘拐するつもりだったかと、ラウリは全力で走りながら己の詰めの甘さを嘆いた。

 小説内で語られた公爵夫妻の事故死は、他でもないシルヴィアの叔父によって仕組まれたものだったのだ。つまりあれは不幸な事故などではなく、れっきとした殺人事件と呼ぶべきだろう。

 だから馬車の横転事故を防いでも、公爵夫妻が何度も危ない目に遭ったのだ。ラウリはてっきり小説のシナリオが影響しているのかと思っていたが、二人の命を狙う黒幕が存在するのなら話は別である。

 ゆえに今ここで、己の益しか考えていないあの愚かな男を捕えなければ。

 そうしなければ──。

(シルヴィアの未来が変えられない!)

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