悪役令嬢に捧ぐ献身
 ◇


「君に世話係になってほしいのだ」
「え……世話係とは……」
「私の妻がもうすぐ出産を控えていてな。生まれてくる子供の面倒を見てやってくれないか」

 サーキュリアス家の当主は身重の妻と寄り添いながら朗らかに笑った。

 公爵夫人の大きく膨れた腹に視線を移したラウリは、落ちくぼんだ眼でちらりと二人の笑顔を交互に見遣る。

「……俺は、奴隷として買われたはずでは……?」
「はっはっは、そうだった、君は奴隷市で買ったんだった。じゃあつべこべ言わずにやれ」

 さまざまな家に買われてきたラウリは瞬時に悟った。きっとこの男は笑顔で手足をもいでくるタイプだ。一つ口答えをすると三つのバリエーションに富んだお仕置きが来るタイプでもある。

 理不尽な暴力に晒されたくないラウリは、無言で世話係とやらを引き受けた。

 しかしそんなラウリの予想とは裏腹に、サーキュリアス家は今までの労働環境と比べると、否、比べるのも烏滸がましいぐらいには穏やかな場所だった。

 ラウリは他の使用人たちと同等の待遇を与えられ、公爵夫人の出産予定日が近付く頃には、みすぼらしかった見た目もすっかり元通りになっていた。

「ラウリ、何か不便はありませんか?」
「お気遣いありがとうございます、奥様。ですが俺は何不自由なく過ごさせていただいておりますので……」
「うふふ。近頃はきちんと食事も取っているようですね。これなら私たちの子も安心して任せられそウッ」
「奥様ァ!!」

 産気づいた夫人に慌てふためくことしかできなかった公爵と共に、ラウリは部屋どころか屋敷の外まで追い出された。

 いつもの穏やかさを忘れ庭のあちこちを歩き回る公爵を宥めていたら、一時間もしないうちにメイドが二人を呼びに来る。

「公爵様! 可愛い女の子です!」
「もう産まれたのか!?」

 公爵がその場で腰を抜かすほどの、驚異のスピード出産であった。

 そうしてラウリは公爵に引き摺られるがままにシルヴィアと対面したのだが──。

「もう名前は決めてあるのだよ。この子は、シルヴィアだ」
「シルヴィア……?」

 聞き覚えのある名前を反芻しながら、公爵夫妻に囲まれてすやすやと眠る赤ん坊を見た瞬間、ラウリの頭に膨大な記憶が流れ込んだのである。

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