悪役令嬢に捧ぐ献身
「ラウリ?」
「はっ」

 我に返ると、公爵夫妻が不思議そうにこちらを見ていた。

 ラウリは滅多に浮かべないはずだった愛想笑いで二人の視線を誤魔化し、早々に退室する。手近な空き部屋に転がり込んだ彼は、その勢いのまま床に倒れ伏しては頭を抱えてしまった。

 ──転生。

 彼の頭には、その二文字が浮かんでいた。

 先ほど見た記憶は、とある小説に出てくる一場面だ。しかも終盤も終盤、主人公の王子と政略結婚するはずだった公爵令嬢シルヴィアが、その座を奪う形となった記憶喪失のヒロインに憎しみをぶちまけるシーンである。


 そしてそんなシルヴィアが幼い頃から傍に置いていた青年──それが“永久の命を持つ者”ラウリであった。


 人間とは異なる血を持ち、悪魔との繋がりをも有していた彼は、その非常に長い寿命をシルヴィアの悪魔召喚のために捧げることで、とてつもなく強大な力を彼女に与えるのだ。

「そして()は……何だ? 何だった? それを読んでた一般人か……?」

 彼の脳内に鮮やかによみがえったのは、小説から読み取ったとおぼしき断片的な情報のみ。物語の中身は思い出せるが、自分の性別や外見などは一切覚えていなかった。

 いや、もはや前世の記憶などはどうでもいい。重要なのは「自分がシルヴィアのために命を捧げるシルヴィア大好きマンのラウリである」という事実のほうだ。

 つまり未来の自分がシルヴィアの失恋大暴走に付き合わされて死ぬことになると知って、ラウリは大いに嘆いた。

「いや待て! まだ希望はある。俺がさっさとこの屋敷から離れれば、少なくとも生け贄に志願するような展開は避けられるはず……」

 ラウリは長命だが自殺願望はない。数十年前に奴隷商人に騙され捕らえられ、長い間とても苦しい日々を送ってきたことに変わりはないのだが、それでもやっぱり自殺はない。悪魔の生け贄なんてもってのほかだ。

 ラウリは決めた。何とかして公爵家を脱出しよう。小説内のラウリと違って子供の面倒を見るのは好きではないし、ここはさっさと逃げるに限る。

 とは言え公爵夫妻から貰った恩は計り知れない。やはりひと月……いや三か月ぐらいは言われた通りにシルヴィアの世話係を全うしなければ。

 ラウリは床に寝そべったまま深呼吸をして、よしと気合いを入れ直す。のそりと起き上がった彼は、なるべく平静を装いつつ再び公爵夫妻の元へ向かったのだった。


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