絶対にずっと好きだと証明しましょう
健夫のせっかくの気づかいだがここで話を中断されても気にかかるので「どんな噂ですか?」と楓が聞くと、美幸は「いいのかしら」と今さらうかがうように樹を見た。
楓のことはどうでもいいが、樹の機嫌は損ねたくないのだろう。

「別にいいよ。僕も知りたい」
「ゼミの女子に片っ端から手を付けるとか、飲みに誘って必ずものにするとか――」

それを聞いて楓は思った。嘘だ。それはない。
樹は自分から女をひっかけないし、誘うこともない。
ただ誘われたらそのときの気分で行くかもしれない。
成り行きで寝るかもしれない。それだけだ。

たとえばすごくきれいで目立つ子がいて樹がその彼女を見たとしても、「きれいな子だね」と、客観的な感想で終わる。
一方、樹に見られればほとんどの女子は心を持っていかれるが、それだって当の樹はまったく気付いていない。
そこらへん、樹はとても鈍い。

楓は樹が本当に心惹かれる女性とはどんな人なのだろうといつも考えているし、そしてそんな女性が現れることを恐れてもいる。
だから楓は驚かなかったし、樹は少し面倒くさそうな顔をしただけだったし、健夫だけが “やばくね?”みたいに目をあちこちに動かしていた。

一瞬その場がシンとすると、樹がふっと笑った。

「それはない。僕には楓がいるし」

ね、と樹が楓を見て笑いかけ、楓は樹の口からのぞく犬歯までカッコいいなと思った。

健夫がとろりとした目で胸に手を当てた。

「いいね、なんかキュンとする」
「なんで健夫君がキュンとするのよ」
「だって今のシーン、正面から見てみなよ。いいなあ、日向さん」

不満げにビールグラスを持ち上げる美幸にも樹は笑いかける。

「美幸さんのことも僕から誘ったことはないよね? いつだって誘ってくるのはそっちだもん」

美幸はムッとして「あ、そうか。誘えばついてくるんだっけ」と返して、グラスに残っていたビールを空けた。
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