Love Story

君とは

　ある日を境に、毎日更新されていた海山風の投稿がぱったりと途絶えた。何かあったのだろうか、と気に掛けながらも、莉央は相変わらず毎晩彼の世界に浸り恍惚としていた。読んでいない作品は、莉央のスマホの本棚にまだまだある。
　それから半月ほど経った頃、莉央のスマホに海山風の新作公開の通知が届いた。執筆中だったということだろうか。

　新作のタイトルを目にした莉央の心臓が激しく鼓動した。

『君のヒーローになりたい』

　その文字に釘付けになり、莉央はなかなか本文に進めずにいた。

　偶然だろうか。
　君、とは誰を指すのだろうか。

　妄想を膨らませながら、莉央はゆっくりと読み進めていった。
　それは、数十分で読み終えることの出来る切ない別れの短編物語だった。
　主人公の男性は売れない小説家という設定で、それ故に長年同棲していた恋人に別れを告げられるというものだった。『現実を見て欲しい』『定職に就いてくれなければ……』と恋人から別れを仄めかされる主人公。執筆時間を確保するために、勤めていた食品会社を辞め、アルバイトで食い繋いでいた。大切な恋人を失うかもしれないという不安や辛さを感じながらも、小説家への強い思いを断ち切ることが出来ない主人公の葛藤に、莉央は胸が締め付けられるような気持ちになった。
　フィクションだとわかっていても、その背景には彼の失恋があったのではないか、と莉央は感じていた。

『君のヒーローになりたいと思えるくらいに、激しく燃え上がる恋愛感情に溺れてみたい』

　そう書き綴られていたが、それは彼の本心なのだろうか。
　
『僕には魔法は使えないけれど、君を最高のヒロインにすることだって出来るんだ』
　　
　どうしても、小説家という主人公と海山風を重ねてしまう。ラストのこの表現に心を揺さぶられた莉央の瞳から涙が溢れた。
　さすが海山風だ。


　結局のところ、何度読み返してみても『君』が誰を指すのか、莉央にはわからないままだった。

　別れた『君』への未練なのか、これから出会う『君』に向けたものなのか。それとも、もう出会っている『君』に対する思いなのか……

　読者に委ねる、というスタンスだろうか。
　海山風ならやりかねない。