転生悪女の幸せ家族計画~黒魔術チートで周囲の人達を幸せにします~【書籍化+コミカライズ準備中】

21 お守りと拒絶反応

 買い物から帰ると、アルデラ専属の侍女ケイシーが玄関ホールで出迎えてくれた。馬車の中で眠ってしまったノアは、セナが抱きかかえて部屋まで運んでくれている。

 セナが持ってくれていた荷物は、今は、アルデラ自身が持っていたので、ケイシーが「持ちますよ」とすぐに引き取ってくれた。

「お帰りなさいませ、アルデラ様」

 ケイシーは、亡くなった前妻に仕えていた侍女だ。

(だから、私にとても良くしてくれても、絶対に私のことを『奥様』とは呼ばないのよね)

 アルデラはそれで良いと思っていた。

(誰にでも、大切な思い出はあるし、変えられない気持ちがあるわ)

 大切な人達の気持ちを無理やり変えようとは思わないし、変える必要があるとも思わない。

「ただいま、ケイシー」

 過去のアルデラは、ケイシーから貴族の振る舞いを教えてもらった。優しく時には厳しいレッスンを受けて、おどおどしていたアルデラは、幸福な三年の間に、少しずつ貴族らしい振る舞いができるようになっていった。

 その経験があるおかげで、今のアルデラも最低限の振る舞いができる。

(ありがとう、ケイシー)

 『何かお礼ができたらいいのに』と過去のアルデラはずっと思っていた。

(だから、これを買ったのよね)

 アルデラはケイシーが持ってくれた荷物の中からシルバーチェーンのブレスレットが入った革の巻物を取りだし広げる。

(細身のものなら、女性がつけていてもおかしくないわよね?)

 ブレスレットを一本だけ引き抜いてケイシーに見せた。

「ケイシー、これをもらってくれないかしら?」

 ブレスレットを見せるとケイシーは「あらあら、まぁまぁ」と驚きながら微笑む。

「いいのですか?」

「うん、いつもお世話になっているお礼よ。疲れにくくなるお守りみたいなものなの」

 身につけるだけで黒いモヤを遠ざける力がある。

「へぇ、すごいですねぇ!」

「つけてもいい? つけたいの」

 ケイシーは「アルデラ様が私につけてくださるんですか?」と驚きながらも左腕を出してくれた。

(このブレスレットに、少しだけ私の魔力を流して……)

 自分の魔力を流した魔道具を他人につけさせることにより、簡易的に主従関係を作ることができる。

(実は、白魔術師サラサが銀髪騎士に首輪をつけていたのを見て思いついたのよね。魔術師の私と主従関係になっていれば、ケイシーが危険な目にあったらすぐにわかるから)

 ただ、問題は相手が自分に好意的ではない場合、拒絶反応が起こってしまうということだ。

(大丈夫かしら……?)

 アルデラはそっとケイシーの腕にブレスレットをつけた。拒絶反応はおこらず、ブレスレットは静かに光る。

(良かった、大丈夫なようね)

 ケイシーは「ふふっ、ありがとうございます」と嬉しそうにしている。そこに掃除道具をもったメイド達が通りかかった。アルデラが公爵家から勧誘したメイド達だ。彼女達はこちらに気がつくと丁寧に頭を下げた。

「お帰りなさいませ、アルデラ様」

 彼女達の腕にもケイシーと同じようにブレスレットをつけていく。誰も拒絶反応は起こらなかった。

「いただいて良いのですか?」と喜ぶ彼女達に「お守りなの。でも外しても大丈夫だからね」と伝えておく。

(これは一方的で勝手な主従関係だから、いつでも簡単に無効にできる。でも、ブレスレットを捨てない限りは相手の安否がわかるから)

 大切な人達が無事だと分かると安心するので、できれば持っていて欲しいというアルデラのワガママだ。

「外しません!」

「素敵!」

 騒がしい彼女達をケイシーが手をパンパンと鳴らして注意した。

「ほら、騒がない。仕事に戻りない」

 メイド達は微笑みながら返事をして掃除に戻っていった。

 ケイシーは「お部屋でゆっくりされますか?」と聞いてくれる。

「いいえ、ブレスレットを皆に配るわ」

「わかりました。あとの荷物はお部屋に運んでおきますね」

 ケイシーの言葉に甘えて、アルデラは革の巻物だけ持って歩き出した。キッチンに行って料理長や他のメイド達にもブレスレットを渡していく。

 その途中でブラッドを見かけた。ブラッドは、両手に書類を抱えていて相変わらず忙しそうだ。

(借金問題が解決しても、やっぱり人が足りないのね。またどこかでスカウトしてこようかしら?)

 そんなことを考えていると、ブラッドがこちらにズンズンと大股で向かって来た。

「お帰りなさいませ、アルデラ様! お買い物は楽しまれましたか?」

 爽やかに微笑みかけられ、アルデラはなぜか良く懐いた大型犬を思い出した。

「ええ、楽しかったわ。あ、そうだ」

 書類を抱えたブラッドの左腕にブレスレットをつけた。

「これお守りなの。黒いモヤを遠ざけるから、疲れにくくなるわよ」

「こ、これを私に……?」

「うん、公爵夫人のネックレスほどの効果はないけど、貰ってくれる?」

 黒いモヤを弾く公爵夫人のネックレスは、ブラッドに「これは、アルデラ様が持っていてください」と押し付けられてしまったので、今はアルデラの部屋に置いてある。

「ありがとうございます! 一生、外しません!」

 予想以上に感動されてしまい、アルデラは戸惑った。

「み、皆にも、同じものをあげているから……」

「それでも、私は嬉しいです!」

「そ、そう」

 ブラッドの熱すぎる忠誠心は、相変わらず謎だ。話題をかえようと「クリス様は、書斎かしら?」と聞くと「はい!」と元気なお返事が返って来る。

 別れ際にブラッドは「クリスもすごく喜ぶと思います!」と言ってくれた。

(そうだったら良いけど……)

 喜んでくれるかどうかはわからないけど、クリスはアルデラに「大切な家族」や「私のことは兄と思ってくれればいい」など、嬉しい言葉をたくさんくれた。

(さすがに、クリスには嫌われていないと思うのよね)

 書斎の扉をノックすると、「どうぞ」と落ち着いた声が返ってくる。

「アルデラです。失礼します」

 部屋に入るとクリスは「おかえり」と優しく微笑みかけてくれた。

(はぁ……何度見ても神々しい)

 拝みたい気持ちをグッとこらえて、アルデラは「ただ今戻りました」と微笑み返した。

「実は、お土産を買ってきました」

 革の包みからブレスレットを取り出しクリスに見せた。

「ブレスレット?」

「はい。これは、お守りみたいなものなのです。つけても良いですか?」

 返事はなかったが、書斎机の側にいき、クリスが手を出してくれるのを待った。クリスはなかなか腕を出してくれない。

「クリス様?」

 不思議そうにクリスを見ると、どこか戸惑っているようだった。

(アクセサリーは、嫌いなのかしら?)

 例えそうだったとしても一度はつけてもらわないと主従関係が結ばれず、クリスの安否がわからない。

 仕方がないので、アルデラは書斎机の横に回り込んでクリスの左腕をそっとつかんだ。少しだけクリスがビクッとした。

「つけても良いですか?」

 もう一度確認すると、クリスはようやく頷いてくれた。

「ありがとうございます」

 クリスの腕にブレスレットを巻き付け、少しだけ魔力を流す。

「できましたよ、お兄様」

 そのとたんに、バチッと激しい火花が散ってブレスレットが弾け飛んだ。

「……え?」

 呆然とクリスを見ると、クリスは右手で口元を覆い、顔を背けている。

(これって、もしかして、拒絶反応?)

 しかも、火花が散るくらいの激しい拒絶だ。

(そんな……大切な家族だって、兄と思えって……あれは全部ウソだったの?)

 クリスのことを信じていただけに、絶望に包まれた。

「お兄さ……いえ、クリス様。私のこと、本当は嫌いだったのですね」

 クリスが驚いたように目を見開いた。

「アルデラ、何を?」

 この誠実そうな顔と神々しい雰囲気に騙された。ため息をつくと、スゥと感情が覚めていく。

(落ち着くのよ。例え嫌われていても、クリスがアルデラに良くしてくれたことに変わりはないわ)

 それにクリスはノアの父親だ。ノアの幸せのためには、必ず無事でいてもらわないといけない。

(魔道具で主従関係が築けないのなら、血の契約で無理やり従わせるしかないわね)

 アルデラは自分の指を噛もうとして、思いとどまった。

(わざわざ嫌われている相手のために、痛い思いをしなくてもいっか)

 クリスの腕をつかむとその綺麗な人差し指に思いっきり噛みつく。

「つっ!?」

 噛みついた傷口を舌で舐めると、口の中に鉄の味が広がる。この血を代償として黒魔術を発動させた。

(無理やり従わせるといっても、クリスの安否が知りたいだけだから、この程度の血で大丈夫でしょう)

 魔道具を使わずに、黒魔術を永続的にかけることはできない。

(仕方がないから、これからは、ときどきクリスに噛みついて、黒魔術を上書きするしかないわね)

 『悪女と言うより、吸血鬼みたいになってきた』と自嘲する。クリスの指から口を外すとうっすらと血が滲んでいた。黒魔術で傷は癒せない。

 クリスの青い瞳が信じられないものを見るように、こちらを見ていた。少しだけ胸が痛んだ。

(過去のアルデラは、どこまでも優しいクリスに淡い恋心を抱いていたのかもしれない)

 そして、それは今のアルデラも同じだった。

(好きになっても、絶対に愛してもらえないのにね)

 クリスの愛は亡くなった奥さんに注がれている。だからこそ、せめて仲の良い兄と妹になりたいと思った。

「……ウソつき」

 ポツリと本心が零れた。呆然とするクリスを残して、アルデラは部屋から出て行った。
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