転生悪女の幸せ家族計画~黒魔術チートで周囲の人達を幸せにします~【書籍化+コミカライズ準備中】

45 男女間の最低限の礼儀【コーギル視点】

 コーギルは、薄暗い庭園で一人ため息をついた。

「あー……」

 先ほど見てしまった光景が頭の中をグルグルと回っている。

「俺、何してんだろう……」

 パーティー会場でアルデラがサラサに『あとからお時間をください』と言っていたのが聞こえた。だから気を利かせてサラサをアルデラの部屋に待機させ、アルデラを呼びに行ったところまでは良かった。

 庭園に向かうアルデラを見つけて心が弾んだ。今日のアルデラは最高に美しかった。パーティー会場で見かけた瞬間に褒めちぎりたかったが、サラサの護衛中だったので必死に我慢した。

(なんて声をかけよう。褒めると喜んでくれるかな?)

 そんなことを考えていると、アルデラの側にクリスがいるのが見えた。アルデラの美しさに見とれて今まで気がつかなかったが、二人は仲良く対になるような服を着ていた。

(まぁ形式上はあの二人は夫婦だしな。でも、アルデラ様はラブラブじゃないって言っていたし事情があるって……)

 そのとたんにクリスと目が合った。鋭くにらみつけられたような気がする。そして、こちらに見せつけるようにアルデラにキスをした。

 その光景を見たとたんに、コーギルは自身の勘違いに気がついた。

(……あ。俺、お呼びじゃねーわ)

 アルデラとクリスは夫婦だ。アルデラに出会ったとき『お嬢ちゃん』と呼んで怒られた。そして彼女はこう言った。

 ――私は伯爵夫人アルデラよ。

(そう、なんだよな……)

 その後もアルデラは『貴方の主として助言するわ』など、一定の距離を保ち決して縮めようとはしなかった。

 それなのに、コーギルはアルデラに惹かれていつの間にか好きになってしまっていた。

(いや、でも、あれは好きになっちゃうって)

 アルデラに出会って徹底的に痛めつけられたあと、コーギルの人生は変わった。

(アルデラ様って英雄(ヒーロー)そのものだもんな)

 颯爽と現れて悪者を倒し人々を救う英雄。そんな英雄に助けられて憧れない人はいない。

 先ほどクリスに見せつけられた光景がまた頭を過ぎった。胸がしめ付けられるように痛い。それは初めて味わう苦しみだった。

 ふとまたアルデラの言葉が蘇る。

 ――私は忠告したからね。本当に誰かを好きになったとき、せいぜい苦しみなさい。

 今になってようやくアルデラのあの忠告の意味がわかった。

「これは……たしかに痛いし、すっげぇ苦しいな……」

 自嘲していると「あのっ!」と声をかけられた。振り返ると琥珀宮に勤めるメイドが立っていた。

「あ、あのコーギル様!」

 顔を真っ赤に染めた彼女の名前をコーギルは覚えていない。

「以前は助けてくださりありがとうございます! コーギル様はいつも笑顔でとっても素敵で、私にも気さくに話しかけてくださって……あの、私、私っ……」

 メイドの手は暗がりでもわかるくらいふるえている。誰がどう見てもこれは愛の告白だった。

 またアルデラの言葉が蘇った。

 ――貴方がモテようとしていないのなら、好意のない異性に期待を持たせるような行動はやめなさい。女性を気軽に褒めたり助けたりすると、複数の相手を勘違いさせてしまうわ。

(ああ、そっか……)

 目の前のメイドは、コーギルに助けられて勘違いをしてしまった。

(俺と一緒だ)

 彼女もまた『もしかして、この気持ちを伝えると、相手からも同じように愛してもらえるのかもしれない』と期待をしてしまっている。

(でも、俺はアルデラ様に少しも相手にされていなかったから、これくらいの痛みで済んだんだよな)

 もしアルデラがコーギルに優しく微笑みかけたり、主ではなく恋人のように接したりしていたら、おそらくこの程度の痛みでは済まなかっただろう。

 もしかすると『騙された! 弄ばれた!』とアルデラを恨んでいたかもしれない。

(そっか、同じじゃないな。『勘違いした』じゃなくて俺が彼女を『勘違いさせた』のか)

 その気はなくとも人の好意を弄んでしまった。その結果、今から受け取ってもらえない悲しい愛の言葉を彼女に言わせてしまう。

「コーギル様……す、好きです」

「……ごめん」

 メイドの顔が苦痛に歪んだ。その痛みをコーギルは知っている。

「本当に……ごめん」

 勘違いさせて苦しめてごめん。

「俺……すっげぇヤな奴だな……」

 激しい後悔と共にコーギルの瞳に涙があふれた。驚いたメイドは涙を自分も流しながらなぜか少しだけ笑った。

「コーギル様、はっきりと断ってくださってありがとうございます」

 そう言ってメイドは走り去った。

「……俺、アルデラ様に告白してフラれてたら同じこと言えたかな……?」

 コーギルはその場にしゃがみ込んで両膝を抱えた。

「……みんなかっけぇなぁ。それに比べて俺って、すげぇダッセェ……。ああ、俺もカッコよくなりてぇ……」

 この日を境にコーギルは誰にでも優しくするのをやめた。そして、今まで他人を助けたり、愛嬌を振りまいたりしていた時間をすてて剣術の鍛錬に費やした。

 その結果、騎士としての腕前と評価が上がり、数年後、人々から尊敬を込めて「銀狼の英雄」と呼ばれる日が来ることを彼はまだ知らない。
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