愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「静かだな」
レンにつっこまれ、自分が俯いて考え込んでいたことに気が付いた。
食事はほとんど済んだようで、レンが私の方に焼き菓子の入ったお皿を差し出す。
「美味いぞ」
「いただきます」
クッキーを一つ摘まみ口に入れると、ナッツが入っていてとても香ばしい。
「で?」
レンは促すだけで自分から名乗るつもりは何故か無いようだ。
私はグラスをテーブルに置くと、身体全体をレンの方に向けて座り直す。
「今日、ピアノを弾いていたのはレンなんだよね?」
「あぁ」
レンの目は楽しんでいる。
ドッキリが成功したような気分なのかも知れない。
だけれど段々なんでそんな凄い人が私と一緒に二日間もいたのか、余計に分からなくなった。
「久しぶりのオフだったんでしょう?
何故知り合ったばかりの私と二日間も観光に付き合ってくれたの?
そりゃ、私があまりに頼りなかったという理由はそれでわかるんだけど」
レンは半分残っていたシャンパンを一気にのみ、テーブルに置くと私の方を見た。
「単純に嬉しかったんだ」
そしてまた前を向いて、ワインクーラーからシャンパンを取り出し自分でグラスに注いだ。
「楓は俺を知らなかっただろう?」
「ごめんなさい・・・・・・」
有名な本人を前に、この人捜してますとやってしまったのだ。
失礼にもほどがある。
「いや、謝ることじゃ無い。
これは喜ぶべき事なんだろうが、こっちじゃ俺はそれなりに名前も顔も知られている。
色々な場所に呼ばれるが、俺の外見目当てで集客を見込んでることも多い。
そして俺自身のファンも多いのはありがたく思っている。
半面、一体俺の何を彼からは見ているのかわからなくなった。
そのせいかこの頃は疲れていたんだ」
長いまつげは伏せられて、その整った横顔から感情が消えたように思えた。
「そんな時、気まぐれで助けた女と再会した。
正直最初俺に食いついてきたとき、またサインとか写真が撮りたいとか言うんじゃ無いかと嫌な気分だったんだが、楓は違った。
顔も名前も知らないピアニストを探し、見つからずに落ち込んでいた。
そして俺にまで見つけたいと助けを求めた、ピアノが凄かったと連呼しながら」
「ごめん、語彙力無くて」
その時を思い出し恥ずかしさで顔を両手で覆うと、横からははは、と笑い声がした。
「面食らった。
もの凄い勢いで目をキラキラさせながらピアノが凄かったと話す楓が。
そして自分がどれだけそういう反応に飢えていたのか実感したんだよ。
ずっと俺のピアノより、俺という外見が目当てのファンが多いことに辟易していたから」
「違う!」
思わず声を上げ、レンの手を握る。
「違う。
今日コンサートでどれだけの人がレンの音に魅了されてたと思う?!
確かにそういう人もいるかも知れないけれど、ほとんどの人はそうじゃない!
みんなレンのピアノに感動してて・・・・・・」
「わかってる」
レンは私を落ち着けるように、柔らかな声で私の手にもう一つの手を乗せた。