愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「頭ではわかってるんだ。
シェーンブルン宮殿で話したよな?
絵画もそうだが音楽だって凄く金がかかるんだ。
コンサートを主催する興行主は、ボランティア活動をしている訳じゃ無い。
オケもホールも、ピアニストだって生計が苦しい者達の方が多い。
なら少しでも収入を増やすにはどうすれば良いのか。
そういう時に、俺は非常に効果的らしい。
音楽に興味が無い人間も、俺の外見目当てで来るからな」
「でもそれがきっかけでレンのピアノに魅了される人達もいるし、音楽ってハードルが高いからそういうやり方だって間口を広げるのには良いと思うけれど」
「そうだな、それもわかってる。
けど、疲れてたんだ・・・・・・」
レンの声に覇気は無く、ソファーの背もたれにもたれて天井を見るように顔を上げた。
「今回の公演は他にもピアニストの出るコンサートだ。
興行主から、やはり俺が出ると女性客の入りが違うと笑顔で言われたとき、別に客の性別なんて関係無いだろうと思いながら聞き流してた。
いつもの仕事の一環で、ただ淡々とこなすだけ。
そんな時にピアニストを褒めちぎる楓と出逢って思った。
俺を知って隠しているのか、純粋に知らないのか。
嘘をついているならすぐにボロが出るだろうと見ていたよ」
レンがあの時そんな疑いを私に持っていたことを初めて知り、ショックを受けた。
私を疑うほど、レンが自分のピアノを見失っているという事実に。
「そんな事もあって、なんとなく冷やかし半分で少しだけ一緒に過ごして帰るつもりだった。
だが、楓と一緒に居るのは驚くほどに楽しかったよ」
「嬉しいけど、それはウィーンを観光したことが無かったからじゃ」
「全く無かったわけじゃない。
接待がてら連れ回されたこともある。
だけど特に面白いとは思わなかった、勉強になるなとは思ったが。
一緒に居る相手が違うと、こんなに見え方は違うのかと驚いたよ。
王宮を見たら帰るつもりだったが、それで楓と別れたくは無かった」
私が握ったはずのレンの手は、逆に私の手を包んでいる。
「あと一日くらいしか楓と過ごせない思ったら、出来るだけ時間を共にしたくて強引にここへ呼んだ。
カフェでチケットを渡したとき、泣きそうな顔で喜んだ楓の顔を見て心から沸き上がったんだ。
今日のピアノは、楓のためだけに弾こうと。
ずっと凄いと言わせるピアノを、お前に聞かせたかった」
青く、美しい瞳に自分の真っ赤になった顔が映り込んでいる気がする。
熱を帯びたようなまなざしに耐えられず、私は顔を逸らす。
すると大きな手が私の頬を包み込んだ。
逃げたはずが、ゆっくりとその大きな手が私の顔をレンの方に向かせる。
「初めてだ、一人の女のためにピアノを弾こうだなんて思ったのは」
ゆっくりレンの顔が近づいているのに、私はそれをただ見ていることしか出来ない。
後頭部に片手が回り、顎を軽く掴まれ上を向かされた。
そして、されたのはキス。
ふわ、と合わさった唇は今度は容赦なく私の唇を塞ぎ、食んでいく。