愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「ん!」
たまらず声を漏らすと、レンは目を細めその手を顎、首、そして鎖骨へと滑らせて、私のシャツのボタンを一つ外す。
はだけられた胸元に外気が当たるのが、熱を持つ自分の身体には心地良い。
レンから注がれる熱に飲み込まれ掛けていた私は、ハッと我に返った。
「待って!」
「あぁ、悪い。ベッドに行くか」
私の身体に手を回し、抱き上げようとしたレンの厚い胸板を私は両手で押し返す。
レンは驚いたように私を見下ろした。
「ま、待って!」
どうしたんだ、と言わんばかりに眉を寄せているレンに私は戸惑う。
なぜ、レンは私にキスをしたの?!
「あの、なんでその、キスを」
「したかったからだが」
その答えに私の言葉が驚きのあまり詰まる。
おそらく海外ではこういうことにハードルが低いのか、そもそもレンが慣れているのか。
だが、私はそうじゃない。
「あのね、レンにとってはこういうの慣れてると思うけど、私はそうじゃなくて」
「楓、意味が分からない」
意味が分からないのはこっちです!と叫びそうになる。
もう婉曲的な言い方では駄目なのだろう。なら。
私は息を整えた。
「レンは女性とキスしたり、その、次にすることとか慣れてると思う。
だけど私はそうじゃないの。
私は、好きな人としかキスはするべきでは無いと思うし」
「楓は俺が好きじゃ無いのか?」
「それは・・・・・・」
真っ直ぐに見つめられ、逃げたい気持ちで一杯だ。
そもそもキス自体初めてで混乱しているのに。
「俺は楓が好きだ。
楓は俺が嫌いなのか?」
「好きだけど!」
思わず反射的に答えると、レンの口元が満足げに上がる。
「なら問題ないだろう?」
「私!キス自体初めてなの!」
恥を忍んでカミングアウトすると、レンの目はこんなに大きくなるのかと思うほどに丸くなった。
「・・・・・・もしかして、男と付き合ったことが無いのか?」
「ありませんよ!」
たっぷりの間があった後にされた質問に、私は顔を赤くしながら答えた。
きっとそんな歳でファーストキスがさっきのだったなど、レンからすれば想像できないのだろう。
そもそも今まで彼氏がいたことが無いことはコンプレックスだ。
告白された経験も、好意を向けられていることに気付いたこともある。
でも断ったりして逃げた。
痴漢に何度もあった経験から、男性に触れられることが苦手だったのだ。
だからレンから手を繋がれたとき、不安な外国だから大丈夫なのだろう思っていた。
けど、違った。
彼に頭を撫でられるのも、手を繋ぐのも、唇を触られることもドキドキすると同時に嬉しさを感じてしまう。
彼だから、レンだから私は触れて欲しいという感情すら初めて湧いたのだ。