愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「そうか」
恥ずかしくて俯いていたが、レンの言葉に顔を上げる。
そこには顔を少し逸らして口元を隠すように手で覆い、肩をふるわせているレンがいた。
手で隠してはいるが、その口元が笑っていることくらい私にだってわかる。
「笑わないでよ」
拗ねて言うと、ぎゅっと抱きしめられた。
驚いて身をよじる私を逃さないかのように、もっと私を抱きしめる力は強くなる。
はだけさせられた首筋にレンは顔を埋め、私はびくん、と身体が反応する。
「笑っていない。
俺が、楓の初めてだと思うと嬉しかっただけだ」
低く小さな声は耳元で囁かれて全て届く。
だけど話す度にその息が肌にあたり、ゾクゾクとして私はまた身をよじった。
「レン・・・・・・」
放して欲しくて縋るように声を出すと、首筋に温かい物が当たり、次に痛みを感じた。
「いたっ!」
「これくらい許せよ」
思わず痛みに声を漏らすと、レンは顔を上げ満足そうに私の首筋を見ている。
知識だけなら知っている、おそらくされたのだ、キスマークというものを。
私が睨むように見上げると、レンは愛おしいと私にすら伝わる瞳で私を見ていた。
「俺は遊びのつもりなんて無い。
必ず迎えに行く」
その言葉に胸が締め付けられ喉が詰まった。
「そんなの、無理に決まってる」
「なぜ?」
「私はまだレンのフルネームも知らないし、連絡先も知らない。
住んでいる場所すら知らないし、レンだって私を知らないでしょう?
そもそも私は明日、日本に戻るんだよ?」
自分の声が段々涙混じりになっていることに気付いた。
レンはきっと嬉しい思いをしたから、ただ私を気遣っているだけ。
感謝しているのは私の方なのに、たったあれだけのことで私に甘い夢を見せているなんて。
優しくて、残酷だ。
「俺は諦めが悪い。
楓にはこの二日間だけじゃ足りないんだろう。
だから日本に帰ったらゆっくり考えてくれ、俺とどうしたいのか」
「どうしたいって」
「俺と、一緒に歩んでくれるのかを」
一瞬驚いて涙が止まる。
なんだかそんなセリフ、まるでプロポーズのように聞こえてしまう。
「もう十二時を回ってる。
そろそろ寝よう。
顔を洗ってきたら良い」
レンは私の涙を綺麗な指先で拭う。
あまりの事に、なんて言えば良いのかわからない。
「何もしないから、一緒に寝よう」
「えっ」
「なんだ?俺にはこの小さなソファーで寝ろと?」
「そんなことは!
・・・・・・わかりました、一緒に寝ます」
白旗を揚げるように言うと、レンは笑って私の頭を撫でた。