愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
二人で一緒にベッドに入る。
部屋はレンも私も明るい中で寝るのは無理なので、全て明かりは消えている。
静かな部屋に、前の通りを通る車の音が少しだけ聞こえていた。
「明日は昼過ぎの便なんだよな?」
「うん」
「空港には余裕を持って入った方が良い。
バトラーにタクシーを呼んでおくよう頼んでおく。
それで帰れ」
私は、そこまでしてもらうのは申し訳ないと断ろうとレンの方を向けば、レンは既にこちらを向いていた。
暗い中、段々と目は慣れていたようで、綺麗な目が私を見ている。
手が伸びてきて、一気に私をレンの胸に引き込んだ。
「レン!」
「何もしない。
ただ抱きしめて寝たいだけだ」
「レンの何もしないって言葉、きっと間違ってる」
私が諦めた様に言うと、そうか?と上から楽しそうな声がする。
私のドキドキとするこの鼓動が聞こえていないだろうか。
レンは慣れているだろうけど、私には全てが初めてなのに。
「明日、俺は朝出て行くのがかなり早い。
モーニングコールを頼むから楓はゆっくり寝て、朝食は一階で食べてから出発しろ。
一人で大丈夫なように手配しておくから安心して良い」
「嫌だよ、朝早くても一緒に起きる。
いってらっしゃいって見送らせて」
気を遣ってくれているのはわかる。
だけれど私が少しでも長く一緒に居たいと願う気持ちは同じじゃ無いのだろうか。
私の腰に回っているレンの腕の力が強くなった。
「楓は何も分かってない」
呟かれた声に私は、どうしてと口を尖らせればレンは私の口を軽く掴んだ。
「俺のピアノはどうだった?」
指が私の唇を軽く叩く。
ほら、早く答えろよ、というように。
「凄かった」
自分の声が熱を孕んでいる。
青い目が優しげに私を見つめていた。
「楽しかったか?」
「不思議とレンと一緒に手を繋いで歩いている姿が思い浮かんだくらい」
「ちゃんと伝わったんだな」
指は私の頬を撫で、くすぐったくて顔を隠そうとしたらまた上を向かされて目が合う。
「迎えに行く、必ず」
「だから無理だよ」
「なら、再会できたら運命と思って諦めろ」
唇が重なる。
離れるのが名残惜しいと思いながらも減らず口を叩いてしまう。
「何もしないって言ったのに」
「約束の証しだ」
涙が溢れるのを必死に堪える。
もう絶対に会うこと何て無い。
結局連絡先だって交換しようとレンは言わなかった。
私も、言えなかった。
これだけ凄い人が自分に本気だなんて信じられない。
冗談だよと笑われるくらいなら、最後まで夢を見させて。
彼の背中に手を回し、泣くのを必死に堪える私を、レンは抱きしめながら私の頭をゆっくりと撫でていた。
「愛している、楓」
眠りに落ちる狭間で、そう聞こえたのは私の願望なのか現実だったのか。
でもどうだっていい。
私を夢中にさせたピアニストは、私の心をも全て掴んでしまった。
決して忘れることの無い、とろけるように甘い夢を見せてくれて。
それだけで、十分に幸せだと、私は思った。