愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
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既にレンと別れて五ヶ月が過ぎた。
日本に戻って私は前会社で解雇扱いをされ、運良く三回目の面接で今の会社に就職した。
以前広報に関わっていたことが買われ、小さいが出版社で編集部のサポートとして配属になり忙しい日々を送っている。
レンと別れた後、私は空港ですぐにレンの情報を検索した。
だが出てくるのはほとんどが英語かドイツ語の記事。
一つだけ見つけた日本語の記事は、とある音楽雑誌のライターが数年前に書いたものだった。
『何故彼は日本で演奏しないのか』
レンの経歴と共に、日本人の血が流れているのに日本を忌避する理由を勝手に想像して書いているようだ。
あのビジュアルなら金になるのに何故、というのが透けて見える記事に、私はレンが日本で演奏しない理由のように思えた。
そもそもお母さんが日本人なら、ピアニストという仕事では無く日本には何度も行っている気はする。
レンの話す日本語はネイティブそのもの。
会話をしていてドラマや芸能人はあまり知らないようだったが、日本人だってよくあることだ。
ただ、レンが日本で演奏することが無いのなら、私と再会することなどそれこそ無理だろう。
忙しい、滅多に休みは無いと言っていたのだから。
やはりあの言葉はレンからの気休めだったように思える。
そうはいいながら未練がましく、一日一回はレンの名前を検索することを続けていた。
約一年ぶりに大学時代からの友人と仕事が終わった後に待ち合わせし、レストランで夕食を一緒にしていた。
「ありがとうね、ウィーンのお土産」
「お菓子もあったから先に送っちゃった」
「美味しかったよ、シシィチョコレート」
「どこもかしこもシシィの顔が描かれたお菓子が大量に置いてあってびっくりしたよ」
友人である亜由美ちゃんが礼を言う。
ミュージカルエリザベートを観に行こうと誘ったのは彼女だ。
元々ミュージカル好きの彼女に他の演目も誘われ、私もはまって観るようになった。
当然彼女にお土産を買ったのだがお互いすぐに会える日が無く、お土産はお菓子がメインだったため早々に配送することにした。
そしてようやくあのウィーン旅行から帰ってきて、初めて会えている。
「で、旅行楽しかったって言ってたけど、例の話を詳しく話して」
ニヤニヤと亜由美ちゃんが私を見る。
旅行から帰ってきて、メッセージのやりとりをしながらレンの名前は出さず凄いピアニストと知り合い良くしてもらったことをざっくりと伝えた。
詳しい話を聞きたがる彼女に、私は今度会った時にと延ばしていた。
「だからおおざっぱに話したことが全てなの」
「イケメン天才ピアニストと二日間デートとか、私なら夢だと思うわ」
「私だって夢だと思うよ、でも」
「でも?」
「ブローチがあるから」
ブローチ?と聞き返す亜由美ちゃんに、私は事の次第を話した。
その時に、自分が彼と一緒に泊まったことを話さざるを得ないことに気付いたがもう遅かった。