愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「あの!」
お弁当を片付けていた谷本さんに意を決して言った。
「もしも彼が雑誌に出たら、販売部数、上がりますか?」
谷本さんは私をじっと見た後、顎に手を当て考えるような仕草をした。
「うちは幅広い話題扱ってるから、もし彼を知らない人がいてもあのビジュアルで十分に稼げると思うわ」
「いえ、彼をモデルのように扱うのでは無く、ピアニストとしてのみ扱うんです」
真っ直ぐに見据えて伝える。
彼女は思案しているようだった。
「ようは、他社がモデルのように扱いがちなところを、うちでは彼のピアニストという点だけに焦点を当てると」
谷本さんの言葉に私は表情を引き締め頷く。
だが、彼女の表情は冴えなかった。
「残念だけど、それじゃ読者は増えないわね」
「いえ!他がやらないことをやるとなれば、もしかしたらマネージャー側の興味を引くかも知れないですし、読者も目新しい視線に興味を持つかも知れません。
彼のピアニストとしての素晴らしさ、それを伝えられるほうが彼だって嬉しいと思います」
力強く私は谷本さんに訴えた。
「ピアニストとしての素晴らしさを伝えるなら、音楽雑誌の記者の方が間違いなく上よ?」
「そうかもしれません。
ですが聞くのは必ずしも音楽に詳しい人ばかりじゃないはず。
それこそ彼の外見目当てでコンサートに出向く人も多いと思うんです。
そういう人達には、むしろ素人目線も新鮮に映るかと」
わかっている、谷本さんの指摘は正しい。
音楽について質問や読者に説明するのなら、専門雑誌の記者に勝てるわけが無い。
だけど、レンは素人で専門用語も話せない私の興奮を喜んでくれた。
レンだってそういう人に対してこそ、伝えないことは沢山在るはずだ。
それを、私が手伝うことが出来たなら。
谷本さんはしばらく黙っていた。
私はごくりと喉を鳴らし、彼女が口を開くのをただ待った。
長いため息が聞こえ、私の肩がびくっと動く。
「なんだかまるで、レンの気持ちがわかってるみたいに言うのね」
「いえ、そんな事は」
確かにそう受け止められても仕方が無い言い方をしたかも知れない。
焦って否定する。
谷本さんはそんな私を気にすること無く、
「私にはどちらにしろ申し込みするしないの権限は無いわ。
でもどうしてもって言うなら、編集長に同じ事を言ってみて。
もしかしたら、気まぐれなラッキーがあるかも知れないし、無いかもしれない」
思わず最後の言葉にずるりと斜めに倒れると、谷本さんは笑った。
「この業界、当たって砕けて当然なの。
そうやって相手と関係を築いていくこともある。
とりあえずやってみたら?」
「はい!」
私は残りのおにぎりを口に押し込み、ペットボトルの麦茶を流し込んだ。
「ところで編集長、今日は来てましたよね?」
私の確認に、あ、と谷本さんが声を出した。
「さっき出張に出かけて明日戻りだわ」
また私はこけそうになった。
でも気を引き締める。
今すぐでは無く、明日まで時間があるという事だ。
「ちょうど良いです。
帰ったら編集長にプレゼンする内容を作りたいと思います!」
「うん、元気が良くてよろしい。
でも私の仕事もよろしくね、夕方には子供のお迎えあるから」
「もちろんです!」
拳を握りしめて答えると、谷本さんは頑張ってと声をかけてくれた。