愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~



編集長が会社に来たのは昼前。
そして何とかプレゼンさせて貰う時間を貰ったのは午後五時過ぎだった。
目の前ではふくよかな顔つきの男性が気難しそうな顔で、私の資料に目を通している。
編集長の安斉さんは五十過ぎで、この雑誌を入社当時から携わっていると谷本さんから聞いた。
たたき上げの人に、色々な面で素人の私は闘えるだろうか。
編集長からもらった時間は短い。
まずは用件を話し、資料を読んで欲しいとお願いした。
ゆっくり紙のめくる音が頭に響き、私は編集長の机の前に立ったまま握っている手に汗がにじんでいる。

資料を読む手が止まり、ずれた眼鏡から立っている私を編集長が見上げる。
その目はとても冷めていた。

「無理でしょ。
相手にするとこ、どこだと思ってるの」
「わかっています。
ですが、やってみなければわからないのでは」

編集長は机の上に資料を置くと、しばらく切っていないであろうボサボサの頭を掻いた。

「どうもさ、質問内容が気に食わなかったら今後二度とインタビュー等には応じないし、記事も使わせない、なんて噂が流れてるんだよね」

急な話に私は戸惑った。

「昨日出張した先で同業者と飲んだんだけど、やっぱりレン・ハインリッヒの話題が出てさ。
あのルックスだから表紙飾るだけでどこも部数が伸びてるらしい。
おかげで、特集を組まなかったとこは悔やんでいる。
でも数冊出た雑誌のインタビューは全部、渡日前のもので事前にメールで質問送ってそれに返答した内容が書いているだけだ。
だから、どこも渡日してからのレンの心境が聞きたくて仕方が無い。
それに雑誌の写真は一方的に提供されたものだけだから、こっちのリクエストで色々撮りたいってもあるからね」

編集長の言葉に驚くと共に、どうりでインタビューとか凄く少ないとか写真もあまりないのかわかった。
それだけ公開するものを減らされれば、マスコミは余計今回のインタビューに食いつくのも頷ける。

「まるで、こちら側を飢えさせて今回のインタビューへの価値を上げているように思えますね」
「その通り」

編集長はボールペンをくるくる回していたが、ピタリと止めて私の方を指した。

「おかげで幅広い情報媒体が飛びついていて、現在かなりの数が申し入れているようだ。
インタビューする場所は、おそらくコンサートホールか向こうが用意するホテルか。
それでも色々とあちらさんは金がかかるはずだ。
だがマスコミ側に一歳費用負担を求めないのは、その報道によって十分に儲けられると考えているからだろう。
彼らは計算の上で行動している、当然のことだ。
篠崎さん、君の純粋さと真剣さは資料から十分伝わった。
だが、こちらをレン側が選ぶメリットを十分提示出来ていると思うか?」

静かに、編集長は私に話す。
いつも騒がしい編集部は、何故か静かだった。
みな、駄目だとわかっている結果の行く末を見守っているのだろう。
私はぐっと拳を握りしめた。
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