愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
「レン自身が選ぶことに関わっているのなら、チャンスは十分にあると思います」
「神頼み過ぎるね」
編集長の言葉は心に刺さる。
全てが正論、だけれどチャンスを簡単には手放せない。
これが、少しでもレンの伝えたい気持ちを話す場所を作れるのなら諦められない。
「君はレン・ハインリッヒの熱狂的ファンなんだってね」
「いえ、そこまでは」
谷本さんが言ったのだろうか。
ここまで執着していれば、端から見てそう思われても仕方が無いのかもしれないけれど。
「これも彼に近づくため?
もし許可が下りれば、当然取材に同行することを希望するんだよね?」
「いえ、しません」
私はきっぱりと言えば、少しだけ編集長の表情が変わった。
レンに会いたい、その気持ちは変わっていない。
だけど昨夜この資料を作りながら思った。
こういう機会をレンに作ってあげられるのなら、少しくらいあのウィーンでしてもらったことへのお礼になるのでは無いかと。
なら自分が会いたいなんて気持ちは二の次だ。
レンが他では話せないことを話す機会を提供できる、思い上がりかも知れないけれど私にはその手伝いくらいしか出来ないのだから。
編集長は私の真意を見極めるかのように見上げている。
私も立ったまま、編集長を見据えていた。
お互い何も言わずにいると、んんんーと編集長が唸った。
「その言葉に二言は無いね?」
「はい」
「いいよ、申し込んで」
思わず、へ、と言葉が出た。
編集長はニヤリと笑う。
「はっきり言って無駄に終わるだろう。
だがね、その無駄かどうかもやってみなければわからない。
やらなければゼロだが、やってみれば0.001くらいの可能性が出るかも知れない」
0.001くらいの可能性。
ほぼゼロだが言いたいことは十分に分かる。
「トライして失敗すると、おそらくうちに二度とレンのインタビューをする機会は無いだろう。
だがそれはまだ憶測だけで、そもそもうちの雑誌は幅広い情報を扱うからレン一人インタビュー出来なくたってどおってことはない。
ならトライして駄目になる経験も、若い君はしておいた方がいいだろう」
嬉しさがわき上がる。
編集長はリスクを承知した上で、わざわざ私に経験する機会をくれるというのだ。
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げると、編集長の豪快な笑い声がした。
「で、この質問内容とインタビュー希望理由でいいわけ?」
「はい!」
「なら僕のメールにデータ送って」
「はいっ!」
「じゃ、谷本さんの補佐よろしく」
「はい!」
ぺこぺこお辞儀して振り返ると、編集部の人が皆こちらをみていてにんまりと笑っている。
一気に恥ずかしさが襲ってきて、顔が真っ赤になっている気がした。
席に戻るのに、すみませんすみませんと謝りながら進めば、頑張ってとか落ちて凹むなよなどと温かい声がかかる。
席に戻ると隣の谷本さんが笑顔で迎えてくれた。
「じゃ、編集長にメールしたらこっちの原稿チェックお願いね。
この人、誤字脱字のオンパレードだから」
「了解しました!」
元気良いわねぇと谷本さんに笑われつつ、私は一縷の望みにかけた。