愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
タクシーでホール入り口に降りる。
谷本さんはきっちり胸元までボタンを閉めたシャツに細かいパンツスーツ。
私も白シャツに濃いグレーのパンツスーツにしている。
しゃがんだり動き回る可能性を考えて、やはりこの方が無難だ。
大ホールのイベントは今日は何も無い。
大リハーサルルームでは午前中にオケ合わせ、午後にインタビュー枠としてスケジュールが組まれているらしい。
中に入ったロビーではインタビューに来ているとおぼしき人達は数組いて、一人の女性がこちらに気付き近づいてきた。
「谷本さんのとこ、選ばれたんだ」
「奇跡が起きたとこちらもびっくりよ」
声をかけてきた女性はショートカットの美人で、谷本さんと笑い合っているところを見るとかなり親しげに感じた。
もしかしたら以前話していたレンを勧めた同業者の友人だろうか。
「谷本さんは何時?」
「四時半。そっちは?」
「四時よ。
今入ってきたなら知らないでしょうから教えておくわね」
小声になった彼女が続ける。
「最初が某テレビ局だったんだけど、売り出し中のアイドルみたいな局アナを連れて来たの。
そしたらレンのマネージャーのお怒りをかって追い出されたのよ。
インタビューは無し、今後も一切取材に応じないって」
「なんでそんな事になったのよ」
谷本さんも流石に驚いているようだ。
「局アナが胸を強調するような服装だったからみたい。
あげくスカート丈も短くて、マネージャーがインタビューする際のマナーがなってないと」
「いやいや、みんな気をつけるよう情報なんて回ってたでしょ?
そこまであからさまな服装させる?」
「泣いてる局アナ見たけどね、ニュースとかで彼女が着ている服装よりはおとなしかった。
あれでその言いようはどうなのかって、待機してるこちらは戦々恐々よ」
肩をすくませる女性に、谷本さんも驚きながら情報ありがとうと言って彼女は仲間のいる方へ戻っていった。
「あと一時間。最終確認しましょう」
私達の方を向いた谷本さんからは、いつになく緊張感が漂っていた。