愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
インタビューはスムーズに進行した。
時折シャッター音が響き、レンと谷本さんの声以外しない。
ストップウォッチと時計を見ながら、あっという間に時間は過ぎていく。
私が終了時間を知らせる合図を谷本さんに送り、谷本さんは目で了解したことを伝えてきた。
「多くの質問に答えて頂きありがとうございました。
最後に、ピアノを弾いているふりのシーンだけ撮影させて頂けませんでしょうか。
当然申し込みの書面にありましたように、顔のアップは撮影致しません」
谷本さんの言葉にレンは頷き、後ろにあるグランドピアノに向かう。
長方形の黒い椅子に座り、池田さんはピアノ含めた全体が入るように距離を取った。
レンが指を鍵盤に置く。
シャッター音がしたかと思うと軽やかなピアノの音色がリハーサルルームに広がり、少し離れたところで見ていた私と谷本さんは思わず顔を見合わせた。
そして気付く。
この曲は私がホテルで二度寝したときに弾いてきた曲。
聞いたことのあるフレーズで私はレンに曲名を尋ねた。
『ウィーンの森の物語』
ヨハンシュトラウスⅡ世が作ったワルツ。
レンとウィーンのホイリゲで楽しんだ夜、あの場所がウィーンの森だ。
あえてまたここで弾いているレンに、私は二人だけの秘密の合図を送られているようで恥ずかしい気持ちになった。
わざと短く切り上げてレンが椅子から立ち上がり、谷本さんが足早にレンの元へ行った。
「サプライズ、ありがとうございます。
まさかインタビューでピアノを弾かれていたとは」
「いえ、インタビューで弾いたのは今回だけです」
レンの言葉に谷本さんも流石に目を丸くし言葉を失っているようだった。
「ところで今回の質問は貴女が考えられたのですか?」
「いえ、そこにいる篠崎です」
レンの質問に谷本さんは振り返り私の方を見た。
しっかりとレンと目が合い、私は勢いよく頭を下げた。
「そうですか。
まずは谷本さん、素晴らしい記事を楽しみにしています」
レンが握手するため手を差し出し、谷本さんはもちろんですと笑顔で握り返した。
少し離れたところに立っていた池田さんの場所へレンが歩み寄った。
池田さんの頬が緊張のせいかヒクついている。
「お名前は?」
「池田です」
「楽しみにしています」
レンは表情も無く淡々と手を差し出す。
だが池田さんは照れたように握手した。