愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~
そしてレンが私に近づいてきているのに私は硬直していた。
背の高いレンが私の前に立ち、私は顔を強ばらせて顔を上げる。
「今回、私に恋愛やルックスについて一切質問してこなかったのはあなたの社だけでした。
音楽について私に多くの質問をしてくれたおかげで、誰か一人でもピアノを弾いてみたいと思ってくれるきっかけになればと答えることが出来ました、ありがとう」
差し出された手。
レンの表情はとても柔らかく、私は溢れそうな涙とそれを必死に止めようとするせいか喉が締まる。
「ありがとうございます」
必死に絞り出した言葉。
大きな手が差し出した私の手を握る。
何度も繋いだ手だけれど、握手したのは初めてだ。
そして手に何か握らされていることに気付き、手が離れたと同時に私はそれを握りしめてパンツのポケットに仕舞い込んだ。
すぐに撤退時間になり、私達は一足先に挨拶をしてリハーサルルームを出た。
これで少しでもレンが伝えたい、ピアノを愛する気持ちを手助け出来ただろうか。
「いやぁうちが選ばれた理由がわかったわ。
篠崎さん、ほんとお手柄ね」
「いえ、そんな」
谷本さんが感嘆の声を上げる横で、池田さんはカメラの液晶画面で撮影したのを確認している。
「これ、見て」
池田さんがカメラを差し出し、私達はそれを覗き込む。
そこに写っているのはピアノを弾くレンの横顔。
もちろんアップでは無いが、それを池田さんが拡大し始めた。
「氷の貴公子が微笑んでるよ」
池田さんの声が興奮している。
私達もそれを見て驚いた。
なんて優しげな表情なのだろう。
「彼がピアノをどれだけ愛しているか、伝わる写真ですよね」
泣きそうな気持ちで言うと、谷本さんは私にとても優しげな笑みを浮かべた。
「そうね、彼に大きな想いを託されたんだもの。
いい記事にしなきゃね、篠崎さん」
「はい」
「ちょっと社に電話してくるから」
「じゃぁ俺はお先します。
写真の確認してすぐ送りますので」
池田さんはホールを出て行き、谷本さんも電話のためにロビーの外れに行く。
私は化粧室に行くと伝え、個室に入るとポケットの中身を取り出せばそれは折った紙切れ。
開いてみると、
『悪い子にはお仕置きだ』
ヒエッと声に出そうなのを何とか押さえ込んだ。
いつの間にこんなことを書いていたのか。
そしてレンはどこまで知っていたのだろう。
私はお仕置きの内容に恐怖しながら、レンに謝罪のメッセージを送った。