愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~

「シャワー先にありがとう」

私がホテル備え付けのシャツパジャマを着てパウダールームから出てくると、レンはソファーに座り上半身は何も着ずジーンズだけ履いてスマホを見ていた。

「楓」

呼ばれて側に行けば、レンは私の腰に手を回し引き寄せると胸元に顔を埋めた。

「昨日はすまなかった」
「いつも、謝るのは日本人の悪い癖って言っていたのは誰?」
「悪いと思うのなら謝るべきだろう。
それが大切な相手ならなおさらだ」

くぐもった声が胸元からしてくすぐったい。
両手で彼の顔を包むと、レンは自然と顔を上げた。

「一度、ミアさんと二人だけで話す機会が欲しいの」

私の言葉を聞いてもレンは表情を変えること無く私を見ていたが、軽くため息をついた。

「そう言うんじゃ無いかとは思っていた」
「そうなの?」
「楓は俺を一人にするつもりは無いんだろう?」

何の疑いも持っていない瞳。
私は苦笑いを浮かべた。

「ごめん、わからない」
「わからないのか」

今度はレンが自嘲気味に笑う。
私の覚悟が決まっていないことで、最悪彼に突き放されるのは覚悟の上で伝えた。
レンは私と離れている間、私のために沢山考えて私に寄り添った将来を提示してくれたのはわかっている。
だが私は違う。
彼と再会できることを夢見ていても、その後の将来など考えたことは無かった。
もう一度しっかり考えて、そしてレンを支えているミアさんと話さなければ駄目だ。
それがどんな結果をもたらすかわからないけれど、逃げずに今起きている事に向き合うしか無い。
それくらいしか今は彼に誠意を表すことが出来ないのだから。

私の腰に回していた手が離れ、私がレンの隣に座ると肩を引き寄せた。

「これだけは約束してくれないか」

レンは私に身体を向けて手を取る。

「何も言わずに消えるなんて事はやめて欲しい。
どんな結論を楓が出そうとも、俺と会って直接はなすと約束してくれ」

深い深い青が私に訴えてくる。
逃げるな、と。
きっとそれは私に対する非難ではなく、レンの不安からなのかも知れない。
私はその目をしっかりと正面から受け止めた。

「約束します」
「・・・・・・わかった。
もうコンサートまで一週間と少ししかない。
事前に話していたように、コンサート前でゆっくり会えるのは今日が最後になる。
ミアには楓が話したいと言っていたことを伝えておく。
もし話すことが出来ても、それがコンサート前か後かはわからないがいいか?」
「大丈夫。
もし彼女が拒否したら私から無理矢理にでも会いに行くから」

私が拳を握って力強く言うと、レンは仕方なさそうに微笑んだ。

「楓の好きにすれば良い。
そうしなければ俺のことも考えてはくれないだろうしな。
どんな結論に至ったとしても、コンサートは聴きに来てくれよ?」
「もちろん。
私は、レン・ハインリッヒというピアニストの大ファンなんだから。
知っているでしょ?」

微笑んで彼の頬に口づける。
レンは満足そうな表情で、私の髪を撫でていた。

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