愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~

「彼のパートナーになる人は、それなりの女性じゃ無いと駄目ですよね」

弱気になっていたせいか、つい口に出してしまいしまった。
伺うように見た谷本さんはきょとんとしている。
そうねぇと頬に手を当てて考えていたが、

「世界を飛び回る訳から大変だろうとは思うわよ」
「そういうサポートはマネージャーとかの仕事じゃ無いですか?
そうじゃなくて彼ほどのルックスの横に立つには、例えばモデルとかじゃないと釣り合わないのではと」

私の言葉に谷本さんは意外にも笑い出した。

「彼の妻として必要なのは外見ってこと?!」
「いや、それも大きなポイントかなと」
「じゃぁ例えば野球選手で考えて。
メジャーリーグなんかに行く選手の奥様、割と年上が多いけど理由を知ってる?」

問われた内容は、私もニュースやそれこそワイドショーなんかで見たことがあった。
いわゆる年上女房と言われるものだろう。

「以前テレビで見たことありますけど、やはり公私にわたって支えられるほどの女性だと年上になりやすいとかなんとか」

私の曖昧な答えに、そうそうと谷本さんは相づちを打つ。

「スポーツキャスターだった女性が相手ってのもたまたま接点が出来やすいだけで、結局はその女性の器の大きさだと思うの。
彼らは異国の地で想像を絶する苦労をしていると思う。
そこで安心できる場所を彼女たちが作っているんじゃ無いかしら。
主婦になってもフードコーディネーターとか食生活面の勉強されたり、自分で仕事をしている女性もいる。
結局は妻が自分にとって絶対的な味方であるか、それが男性側にとって凄く必要な事なのよ、多分」

まぁそれはどこの家でも必要かも知れないけれど、と谷本さんは苦笑いした。

『絶対的な味方』

その言葉はとても私の心に響いた。
レンが私に興味を持ってくれたのは、自分のピアノを純粋に気に入ってくれたからだ。
きっとありのままの自分を受け止めてくれる、認めてくれる人を欲していたのかも知れない。
レンの仕事に関わる人達だって、レンが大切で認めているはず。
だがそこには否応なしに損得が働く。
そこで気持ちが休まることはきっと難しいだろう。

「ま、これだけ人気急上昇のレン・ハインリッヒだから、恋人は誰なのかって騒ぎになるでしょうけど。
いるんなら見てみたいわー」

さらっと言った谷本さんの言葉に、ギクッと身体が震えた。
その、目の前にいるんです、すみませんと、私は何度も心の中で謝っていた。

「しかしインタビューで少し彼のピアノを聴けたとは言え、コンサート行けなくて残念ね」

谷本さんの声で我に返り、行きますとつい答えてしまった。

「チケットは取れなかったんじゃ無いの?」
「それが友人の友人が行けなくなったのでチケットをもらえまして」
「凄いラッキー!
どっちの日に行くの?」
「その、二日間どちらものなんです」

流石に谷本さんからいいなぁ!と声があがる。
どうやらあのインタビューで、レンの冷たそうな、あまりピアノを愛していなさそうな人という印象が消えたどころか、最後の握手と言葉にいたく感動しファンになってしまったらしい。
私は実際貰った相手を言ったら大変な事になるだろうと思いながら、後で感想を聞かせてよ!と羨ましそうな谷本さんに、もちろんですと答えた。


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