魔界の王子様は、可愛いものがお好き!
「あの、俺は別に、大したことは」
「そうかそうか、お化け屋敷に入るくらい朝飯前だよな~颯斗にとっては」
「って、違──」
ドン!
「きゃッ!」
力強く言い返そうとしたとき、後ろを通りかかった誰かとぶつかった。
小さな悲鳴が聞こえて、びっくりして振り向けば、髪の長い女の子が尻もちをついていた。
紺色のTシャツと、カーキ色のショートパンツ。長い前髪で顔を隠した女の子の名前は『花村 |彩芽』さん。
「あ、ごめん、花村さん」
あわてて手を差し出して、引き起こそうとした。だけど
「威世君が、謝ることないよ~」
それを、女子に止められた。
「え?」
「だって、花村さん、影が薄すぎるんだもん。いきなり後ろ通ったら、気づかないよ」
「花村、マジで幽霊みたいだもんな~」
すると、本気か冗談か、クラス中が口々に、幽霊、幽霊と言い出した。
花村さんは、四年生の時に転校してきた女の子だった。
地味で、暗くて、声も小さくて、それでついたあだ名が「幽霊」
気配がなくて、いつも一人でいるうえに、何を考えているか分からない。
だから、今となっては、誰も話しかけないし、クラス中が無視するような空気になっていて、そして、それを
「威世くん……ごめんね」
もう、花村さんじたいが受け入れてる。
(っ……俺が、ぶつかったのに)
あやまるのは、俺の方なのに、逆にあやまられて、引き起こすどころか、勝手に立ち上がった花村さん。
その後、クラスに空気は、あっという間になかったことになって、花村さんは自分の席に歩いて行った。