魔界の王子様は、可愛いものがお好き!
ひとりぼっちの王子様
まるで、誰かがノックしたかのように、規則的に鳴った音。カーテンの奥にある窓ガラスを見つめると、それは確かに窓の外から聞こえた。
だけど、ここ二階だし外に人がいるわけないし、きっと気のせい……だよな?
──コンコンコン!
と思った瞬間、また音が鳴った。
え? もしかして本当に誰かいるのか?
(ま、まさか、また魔族が?)
軽く冷や汗が流れた。
でも、魔族だったら律儀にノックなんてしないだろうし、窓ガラスぶち破ってきそう。ちょっと怖かったけど俺は立ち上がり、そっとカーテンを開けてみる。
「こんばんは、ハヤト!」
「シャ──」
すると、そこにはシャルロッテさんがいた!
人間の姿の、いつもの優しそうはシャルロッテさん。だけど、いきなり窓の外に現れて、俺は叫びそうになった!
「シャ、シャルロッテさん!? そんなところで、なにやってんの!?」
「アラン様からの伝言を届けに来たのよ」
「だからって、なんで窓から!? いや、玄関から来られても困るんだけど!? でも、そんな所にいたら、泥棒と勘違いされて通報されちゃうよ!」
「あら、そうなの? 人間界も案外物騒なのね。次からは人形の姿でくるわ」
うん! そうしてください!! でも、人形が窓にへばりついてるのも怖いけどね!?
「あ~シャルロッテだー! いらっしゃーい!」
すると、ララが、すぐさまシャルロッテさんの前にピョンと飛びついてきた。
「あら、ララくん。人間の姿で会うのは初めてね。カールから、ガイコツを倒したって聞いたわ。立派にハヤトを守ったのね。えらいわ」
「えへへ!」
シャルロッテさんが、ララの頭をなでると、ララは、すごく嬉しそうに笑って、そのままシャルロッテさんを、部屋の中に招き入れた。
その後は、とりあえず靴を脱いでもらって、俺たちは、3人カーペットの上に座り込む。
「それより、伝言って?」
「あのね、ハヤト、週末あいてるかしら? 実は、アラン様が、この町を案内して欲しいっていってるの」
「え? 案内?」
「えぇ、私たちの服、どうやら人間界では、とても目立つみたいでね。だから、アラン様が、新しく人間界用の服を作って下さることになったんだけど、どこで材料を調達すればいいか分からなくて」
なるほど、つまり手芸屋さんに行きたいってことかな?
魔界に住んでたくらいだし、人間界のことはよく分からないもんな。
「うん……いいよ。案内するのは、別に」
だけど、ちょっと歯切れがわるかったからか、俺の返事を聞いて、シャルロッテさんが、心配そうに見つめてきた。
「……どうやら、元気がないって言うのは本当みたいね?」
「え?」
「カールがね、昨日、スーパーの帰りにハヤトを見かけたらしいの。凄く落ち込んだ表情をしていたって言っていたから、どうしたのかなって、心配していたのよ」
家族だけじゃなく、こっちの二人にも心配をかけていたとのだとわかって、俺は申し訳なくなった。
ていうか、スーパーの帰りって、カールさん、あの執事服で買物にいったの?
とか色々、ツッコミたいこともあったけど、今は心の中にあるモヤモヤのせいか、それどころではもなくて
「あのさ。俺の記憶も、いつか消されちゃうの?」
「え?」
「この前、アランが言ってたから。人間の記憶は消すって、それが魔界の掟だって」
「…………」
俺が、思い切ってたずねれば、今度は、シャルロッテさんが黙り込んだ。
空気は、少しだけ重くなって、だけど、それからしばらくして
「そうね。いつかは、消さなくてはならないわ」
そう言った。
あぁ、やっぱり消されちゃうんだ。
俺の記憶。
「でもね。ハヤトのことに関しては、私達も少しおどろいているのよ」
「え?」
「本来なら、メビウスたちを冥界送りにせず、そのまま魔界に送りかえした方が良かったの。そうすれば、ハヤトへの誤解はとけて、もう狙われることもなくなったはずだから……でも、アラン様は、そうはせず、ララに命まで与えてしまったでしょう?」
まるで想定外とでも言うように、申し訳なさそうに話す、シャルロッテさん。
確かに、あの時、幹部たちを魔界に帰していたら、俺はもう、ねらわれていなかったかもしれない。
「アラン様はね。きっと、ハヤトとお友達になりたいんだと思うの」
「……え?」
その言葉に、俺は目を見開いた。
「でも、記憶は……」
「えぇ、掟がある以上、いつかは消さなくてはならないわ。でも、アラン様にとって、ハヤトは、初めて出会った同じ趣味を持つ男の子なの」
「……初めて?」
「そうよ……アラン様はね、いつも一人だったの。お母様は早くに亡くなってしまって、でも、お父様である魔王様は、なかなか会いに来てくれなくて、同じ年頃の魔族の子供たちからも、魔王様の息子だからと一線をおかれていたわ。だから、いつもお城の中で、一人で遊んでいたの……私たちはね、アラン様が、赤ちゃんの時から一緒にいる人形なのよ。そんな私たちに、アラン様が命を与えたのは、4歳の時。初めて使った魔法で、初めて叶えた望みが、私達に『命』を与えることだったの。きっと、一人でいるのが寂しかったのね。だから、それからはずっと一緒にいるわ。人形だけど、本当の家族みたいに」
「……家族」
「そうよ。そして、ハヤト、あなたは、そんなアラン様が人間界に来て、やっとみつけた、お友達になれそうな子なの。確かに、いつかは記憶を消さなくてはならないかもしれない。でも、もしハヤトが、それでもいいと思ってくれるなら、どうか今だけは、アラン様のお友達でいてくれないかしら」