魔界の王子様は、可愛いものがお好き!
アランの秘密
それから、俺たちは、魔界の門を出て、高い空の上を飛んでいた。
さすがに三人でペガサスの上は窮屈で、アランがまた青の書の魔法で、ペガサスよりも大きな白鳥を出してくれて、俺たちは、ゆったり夜風にあたりながら、桜川の町に向かっていた。
辺りは、もう夜になっていて、星明かりがさす雲の上は、まるで夢の中にいるみたいに綺麗だった。
だけど、俺の心の中は、ずっとモヤモヤしたままで……
「アラン。本当に、あれで良かったのか?」
後ろからアランに声をかければ、アランは、またニッコリ笑って、こう言った。
「うん! だって、息子があれだけプレゼントおくったのに、最後のお願いすら聞いてくれないお父様だよ? やっぱり、なにをやっても響かなかったね」
最後のお願いっていうのは『笑って』と言ったことだろう。
だけど、まるで、愛されてないから──そんな口ぶりのアランに、俺の心の中は、いっそう苦しくなった。
確かに、俺もずっと、魔王はアランのことを心配してないって思ってた。
だけど──
「笑いたくても、笑えなかったんじゃないかな」
「え……?」
アランに向かって、思うままに呟けば、振り向いたアランは、酷く驚いた顔をしていた。
「ハヤト……?」
「俺、さっき魔王から聞いたんだ! アランは魔法に失敗してたって! シャルロッテさんたちの"赤いハーツ"は術者の魂を削ってる証で、だから、このままじゃ、アランは、あと2年しか生きられないって……!」
「っ……なんで、そのこと」
「え、なんでって……! まさか知ってたのか、自分の寿命が削られてること!? 知ってて、ずっと隠してたのか、この二人にも!?」
俺が、シャルロッテさんとカールを見つめれば、人形姿の二人は、すごく辛そうな顔をしていた。
それを見て、アランは一度、言葉をつぐむと、その後、また静かに話し始めた。
「……そっか、二人とも、知っちゃったんだ。ごめんね、ずっと秘密にしてて」
そう言って、申し訳なさそうに呟いたアランは、シャルロッテさんとカールさんを、優しく抱きしめた。
大切に──まるで、離れたくないとでも言うように。
「……そうだよ。ずっと、わかってて隠してた。僕はね、二人のハーツを作る時、魔術式に失敗してたんだ。あの時は、小さかったから分からなかったけど、僕は、自分の寿命のうち100年分の寿命を代償にして、二人に命を与えた」
「100年!?」
「うん。まぁ、魔族にとって、元々の寿命なんと意味のないものだけど、冥界の書記官に聞けば、自分の寿命を教えてもらえるんだ。僕の元々の寿命は112年。そのうち100年を使ったから、残された寿命は12年。で、今は10歳だから、あと2年ってところかな?」
「そんな……っ」
その話には、俺の横にいた花村さんもびっくりしてるみたいだった。
「元に戻す方法はないのか!?」
「ないよ。あるとしたら、ハーツを壊して、二人にかけた魔法を解くしかない。でも、僕はそんなこと絶対にしたくない」
すると、アランの言葉に、シャルロッテさんが、また涙を流した。すると、アランは
「シャルロッテ、泣かないで……さっきも言ったでしょ。僕はシャルロッテとカールがいてくれたから、魔界にいても幸せだったんだ。だから、絶対に、誰にもバレないように秘密にしてきた。君たちのことが、大好きだから」
アランは、そう言って微笑むと『気にしないで』といった。
でも、気にしないわけがない。
アランのことを、命をかけて守ろうとしていたシャルロッテさんとカールさんが、気にしないはずがない。
「なんで魔王にも、黙ってたんだ」
「言うわけないよ。お父様にいったら、絶対壊されるし。まぁ、結局ばれちゃったみたいだけどね……おかしいな。お父様には、触らせないようにしてたのに」
「でも、魔王は、アランのこと心配して」
「違うよ。お父様は僕のことなんて、なんとも思ってない。シャルロッテとカールを壊そうとしたのは、僕が王位を継ぐ唯一の後継者だからだよ。ただ、それだけ」
ピシャリと言い放つアランに、俺と花村さんは言葉をなくした。
それだけアランは、魔界で寂しい思いをしていたんだと思った。
お母さんは早くに亡くなって、でも、お父さんは会いに来てくれなくて、だから、信じられなかったんだ。
愛されてないと、ずっと思っていたから。
でも──
「違う! 魔王は、アランのこと心配してた!」
俺は、アランの肩を掴むと、ハッキリそう叫んだ。
「っ……だから、そんなわけ!」
「だって魔王は、俺がアランじゃないって気づいたんだ! アランが、金色の腕輪をしてることも知ってた! それに、最後に二人と話がしたいって言った時も、魔王は自分から俺のところに来て、呪符をはがしてくれた! それって、ちゃんとお別れはさせてあげたいって思ったからだろ! 壊すのが目的なら、わざわざ、はがす必要ないんだから!」
「……っ」
魔王の行動を一つ一つ思い出しながらアランに訴えた。すると、俺のその話を聞いて、花村さんも、口を開いた。
「あのね。私も一つ、気になってたことがあるんだけど、魔王さん、昔は、凄い愛妻家だったんだって」
「「あ、愛妻家ぁぁぁ!?」」
だけど、その話には、アランと二人してびっくりした。
だって、愛妻家って、奥さんをめちゃくちゃ大事にしてる旦那さんのことだし!
「いやいや、ないから! あの人、血も涙もない魔王だよ。本当に、魔王らしい魔王なんだけど!」
いや、アラン、気持ちは分かるけど、ちょっと言い過ぎ。だけど、それでも花村さんは『そうだ』と言いきった。
「本当だよ! ほかの魔族の人達が、言ってたの! 愛妻家だった魔王様が、ローズ様が作った人形達を壊そうとするなんて信じられないって! もしかしたら、魔王さん、本当は壊したくなかったんじゃないかな? それでも、壊そうとしてたのは、アラン君のことが大事で、アラン君に長生きしてほしいかったからなんじゃないかな?」
「……え?」
花村さんの話に、アランはじっと黙り込んだ。ゆっくりゆっくり、何かを思い出すように。
「心配……僕を、お父様が?……でも、今までそんな……っ」
少し困ったように呟くアラン。だけど、俺と花村さんは、二人して顔を見合わせると
「「絶対、そうだよ!!」」
「!?」
「だって、あんなに強いのに『好きにしろ』っていって、私達のこと逃がしてくれんだよ! それって、アラン君の言葉を聞いて、アラン君の気持ちを大事にしようって思っただよ!」
「そうだよ! それに、自分の子供が、自分より先に死んじゃうかもしれないって思ったら、笑いたくても笑えなかったんだろ! アランが大切だから! アラン、お前はちゃんと愛されてるよ!!」
「……っ」
そういって、二人して詰めよれば、その瞬間、アランの目に涙が滲んだ。
「そう、なのかな……僕、愛されてる……のかな……っ」
そして、その涙は、静かに頬に流れだした。
すると、そんなアランの頬に、今度はシャルロッテさんとカールさんが触れた。
まるで、お父さんとお母さんの代わりとでも言うように、優しくそっと──
アランは、愛されてる。
魔王にも、シャルロッテさんとカールさんにも、そして、他の魔族にみんなにも。
「なぁ、アラン! その魔法をとく方法は、ほかにないのか!?」
「え?」
「ハーツを壊さずに、アランの寿命がけずられずにすむ方法! だって、このままじゃ、あと2年しか生きられないんだろ!? 俺たちだって嫌だよ! アランに長生きして欲しい。きっと、みんな同じ気持ちだ!」
「っ……でも、それは本当にムリなんだ。命を代償に作り出す魔法は、とても複雑で、そう簡単にとける魔法じゃない」
「……そんな」
アランの言葉に、みんなして表情が暗くなる。だけど、それから、しばらくしたあと
「……いや、ムリだって決めちゃダメだね」
「え?」
「ハヤト、さっき僕に『諦めるな』って言ってくれたでしょ。僕、一度諦めたんだ。もう僕の世界は変えられないって思ってたから。だから、嫌なら逃げるしかないって思って、人間界に来た。でも、ハヤトのおかげで、僕の世界は今、こんなにも変わった」
それは、まるで憑き物が落ちたみたいに、綺麗な笑顔でいったアランに、俺は目を見開いた。
そして、そのあと、またシャルロッテさんとカールさんを見つめたアランは
「僕、魔界に帰るよ」
「え?」
「魔界に帰って、シャルロッテたちにかけた魔法をとく方法を考えてみる。二人を傷つけずに、魂の連携だけとく方法を」
「アラン」
「まぁ、出来るかわからないし、その前に僕の寿命が尽きる可能性だってあるけど、それでも、諦めずに頑張ってみる。みんなにいつまでも、そんな顔させたくないし……だから、ハヤトとアヤメを人間界に送り届けたら、そこで────さよなら」
泣きながら、笑いながら、アランはそう言って、俺達は、ぐっと唇を噛みしめた。
花村さんは泣いていて、その花村さんの肩で、ララも泣きそうにしていて、だけど
「うん! 魔法がとけたら、絶対会いにこいよ!」
そういって、アランの決意に背中を押すと、俺達は、満天の星空の下、手を取りあった。
必ず、また会おう──そう、約束をして。
◇◆◇
「やっべー、もうこんな時間だ!」
そして、それから人間界に戻ったころには、もう夜の七時を過ぎていて、俺達は、おばけ屋敷の中で、ちょっと慌てていた。
「どうしよう……っ」
「お母さん達、絶対心配してるよな!?」
「大丈夫だよ。僕の魔法で、門限の少し前の時間に戻してあげる」
「え、そんなことも出来るのか!?」
「うん。それより、無事に連れ戻せてよかったね」
するとアランは、そう言って、花村さんを見つめた。
俺のせいで巻き込まれた、花村さん。すると俺は、改めて、花村さんに謝った。
「花村さん、ごめんね! 俺のせいで、こんなことに、巻き込んで!」
「うんん、大丈夫! それに、威世くんの方こそ、私にララ君を持たせてくれてありがとう。おかげで、一人で不安な思いしなくてすんだの」
「そっか、よかった。それと……前髪あげたんだな」
「え?」
俺がそういえば、花村さんは、急に顔を真っ赤にして、手で額を隠した。
「あ、えと、その、やっぱり変だよね? おでこのアザ、気になるだろうし、やっぱり下ろしたほうが」
そう言って、恥ずかしそうにする花村さん。
確かに、右の額には、小さなアザがあった。
桜の花びら見たいな、ハートの形みたいな、そんな薄いピンク色のアザ。
でも、俺とアランは、二人顔を見合わせると
「「うんん、すっごく可愛い!!」」
「え!? かわいい!?」
前髪を上げたほうが、ずっとずっと可愛いと、俺とアランが一緒になってそう言ったら、花村さんは、さっきよりも顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
そのあとは、アランに時間を戻してもらって、夜から、夕方になったお化け屋敷の中で、俺たちは、最後のお別れをした。
「ねぇ、ハヤト。記憶はどうする?」
「は? まさか、また消す気じゃないだろうな?」
「うーん……消したくはないけど、ひとつ約束してほしいんだ」
「約束?」
「うん、僕たちに出会ったことや、魔界のことは、全て『秘密』にしてほしい」
秘密──そう言われて、俺は思った。
確かに、魔界が本当にあって、その王子が人間界に来ているなんて、誰かに知られたら大変だ。
だけど、秘密にするってことは、俺にとって、また隠し事が一つ増えるってことで。
だけど──
「大丈夫。そんな秘密なら、大歓迎だ!」
俺は、友達のことを忘れないために、また一つ秘密をもった。
そして、可愛いものが大好きで、裁縫が趣味で、誰にも言えない秘密を持っていた俺とアランの長くて短い一ヶ月は、この日を最後に終わりをつげた。
お化け屋敷は、また廃墟に戻って、俺は花村さんとララと一緒に、アラン達が、魔界に帰るのをずっと見つめていた。
見えなくなるまで、ずっと、ずっと──
(絶対、戻ってこいよ……アラン)
夕焼け空には、一番星が輝いていた。
それは、俺達の別れを見届けているかのように、切なく優しく、輝いていた。