忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
ショーケースに入ったベーグルサンドを指さしながらニコニコと笑っている尊人さん。
一体何が起きたのだろうと、目を見開いた美貴さん。
私はじっと尊人さんを睨んでいた。

わざわざこのタイミングで知り合いだとばらすなんてひどい。
入ってきた瞬間ならいざし知らず、一旦知らないふりをしておいて、名刺を出して身分を明かしたうえで名前呼びなんて意地悪としか思えない。

「お知り合い、ですか?」
言葉は尊人さんに向かっているのに、美貴さんの視線は私を見ている。

しかし、嘘もつけず、友人とも言えず、まさか本当のことも話せない私は反応できない。

「実は友人なんですよ。ああ、ベーグルはサーモンクリームチーズをお願いします」
「はい、今お持ちします」
微妙な空気を感じ取った美貴さんはカウンターから離れて行った。
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