秘密の授かり出産だったのに、パパになった御曹司に溺愛し尽くされています

秋人は見惚れている母に微笑みかけると、私の方を振り返る。

「結愛、また会おう」

彼は人目をはばからず、艶のかかった声でそっと囁くと愛車に向かって歩き出す。

いくら会えることが嬉しくとも、ここは心を強くして断るべきなのはよく分かっている。

でも強く出れないのが私の弱さだ。

好きの思いが溢れて止まらないが、後に引けないところに行く前にもう本当に身を引かねばならない。

秋人と過ごせば過ごすほど、彼の父親にいずれ私の存在やあやめの存在を知られる日が近くなるのだ。

「ままぁ~! ままぁ~!」

彼が愛車に乗り込む姿を見つめていた私は、ようやく背後からあやめに呼ばれていたことに気付く。

「ごめんね、あやめ! 体が辛いね!」

「ままもいっしょに病院くりゅ?」

「うん! もちろんよ。急いで行こう」

あやめと二言三言話している間に、秋人の車はその場から立ち去っていく。

しばらくし、ママチャリで病院に向かっていると、振り返ったあやめが「またお兄ちゃんに会いたい」と無邪気に告白をしてきた。

その純粋な思いに、力なく笑いかけるしかなかった。

頭に浮かんだのは、先ほどのあやめを見た秋人の動揺した横顔。

いったい、どんな心境になったのだろうか。

憎い? 哀しい? 驚き?

その中のどんな感情を持ち合わせていても仕方がないとは思いながら、

ほんの少しだけでもあやめに温かい感情を持ってくれていればと、願わずにはいられなかった――。
< 61 / 176 >

この作品をシェア

pagetop