元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
「……その言葉、そっくりそのままお返しするけど」


 殿下はわたしのおでこを指先で弾きながら、小さく笑った。その表情は、意地悪なのにどこか優しくて、何でか胸がキューーっと苦しくなる。普段浮かべてる愛想笑いよりも、ずっとずっと綺麗だなぁと思った。


「……実際、わたしも疲れているから聞いたんですよ」


 答えながら、わたしも笑う。

 自分を守るために作り上げた、偽りの自分。もう十何年もの間、本当は「出来ること」を「出来ない」って言ったり。「分かること」を「分からない」って言ったり。己の意見を言わず、その場をやり過ごしてきた。

 だけどそれって、めちゃくちゃ苦痛だ。


「だったら、止めれば良いじゃん」


 殿下は、「当たり前だろ?」とでも言いたげな口調でそう口にする。ついついわたしの眉間に皺が寄った。


「無理ですよ。現世では幸せになるって決めてるんですから。そのためには平凡に生きないと」


 前世と同じ轍は踏まない。そのためにわたしは、記憶を持って生まれてきたんだと思う。
 反省を活かさず、波乱に満ちた最後を迎えるなんて、前世のわたしへの冒涜だ。そんなの絶対に許せない。


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